第321話 口論なんていつ以来だろう

「リカーンに手を出してはなりません」


「ダメというにはそれだけの理由があるのだろうな。一応聞いておこう」


「最初にマージサウルが戦争を仕掛けてきた時の事を覚えているとは思うのですが」


「そりゃ当然だな」


 俺にとってはつい先ほどの事だ。忘れようとしても忘れることは無い。


「召喚者は国を亡ぼす程の化け物だと言われましたね」


「正確には世界を滅ぼす脅威の一つだな。あのラーセットを襲った怪物モンスターと同列に扱われたのはちょっと心外だったよ。あの時の話で俺が学んだのは、”徹底的にやれ”だったな。やはり中途半端は良くない。3回撃退されて手出しはしなくなったそうだが、ちゃんとやり切れなかったから3回も攻められたんだろう?」


 あ、なんか心底呆れたような顔をした。

 生きているか死んでいるか分からないような顔つきだが、やはり感情はしっかり顔に出るようで安心したよ。


「確かに3回の敗北を受けて、もう手出しは出来なくなりました。ではその国は、今は強国として発展できたのでしょうか?」


 そういえば考えていなかったな。小国ながら大国の連合軍を3度も撃退したんだ。普通なら発展していてもおかしくはないが……。


「いや、無いな。あの時の話を聞く限りでは、召喚者は一人。しかも仕事を終えるとさっさと帰ってしまったそうじゃないか。それでは発展は望めないだろう」


 それに、マージサウルらの国家と敵対している大国――しかも召喚者によって巨大化した国を背後に抱えていたら、召喚者を理由にラーセットに攻めて来る事も無かっただろう。

 しかしそうなると――、


「その時の北の小国っていうのは、今はどうなったんだ?」


「滅びましたよ。元々大勢を養えるだけの迷宮ダンジョンを抱えている国ではありませんでしたので、跡地もそのままになっていると思います。ただ相当荒廃しているでしょうね。案外はみ出し者が住み着いているかもしれませんが、それはそれで都市機能の維持管理は大変なんですよ。まともな状態とは思えません」


「なぜ滅んだんだ?」


「誰もが怖れ、そしてやられた恨みを忘れなかったからです。ただでさえ遠方の小さな国だった訳ですが、周辺全ての国に畏怖され嫌われる存在となりました。その様子を見た中立国からも交流を断たれ、活気は失われ、やがて静かに消え去ったとされています」


 つまりはやり過ぎたという訳か。

 これはちょっと難しい。反面教師ともしがたい。

 だが戦争を仕掛けられて返り討ちにしてそれはあんまりではないだろうか。

 それに――、


「ラーセットは状況が違うだろ。北を全部滅ぼしたとしても、まだ南の国々があるじゃないか」


「貴方は子供ですか!」


 今のはちょっと傷ついた。


「何か問題があるのか?」


「問題だらけで泣きたくなります」


 何が悪いんだろう?

 もう宣言はしたし、それでも敵対行為に走った。

 それに対して報いを受けさせるのは当然であり必然だ。

 ここで手を出さない事こそが問題だろう。


「やっぱりわからん。説明してくれ」


「ではお尋ねしますが、今回の全容はもう分かっているのですか?」


「全容も何も、リカーンと召喚者の裏切り者が手を組んでユンスを殺した。間違いなく、あれは宣戦布告と取って良いだろう。それ以外にやる意味が無いからな。それと迷宮ダンジョンアイテムの横流しも確認している。俺が見たのが全てとは思えないからな。何年もかけて、相当数が流れていたんだろう」


 言いながら悲しくなる。みや児玉こだまは、いったいどれ程の間、俺や彼らの仲間を欺いてきたのだろうか。


「本当に、リカーンという国家全体が関わっているのですか? 宣戦布告はまだ来ていません。マージサウルは軍を動かしましたか? 我々も軍務庁です。周辺国の動向はそれなりに把握していますが、北方が軍を組織したという話は聞いていません」


 そういや、やるならそれなりに準備を整えてからだな。

 折角手に入れた召喚者を、むざむざ失うような真似をするだろうか?


「この世界がなかなか戦争にならないのは理解している。今回の事は、単純にラーセットの力を削ぎ落す事だけが目的だったのかもしれないな。だからといって、では放置していいかという訳ではないだろう? 手を出したのは同じなんだ」


「確実にリカーンの国策と言えますか? 極一部の人間が、勝手に画策しただけかもしれません。それに報告書を読む限りでは――」


 もうそんなのが送られていたんだ。ケーシュかロフレかは知らないが、仕事が早いな。

 手間が減っていい事だ。


「召喚者自身が、現状の不満からリカーンの一部と手を結んだだけという事も考えられませんか?」


 そう言われてしまうと、心当たりは多いな。

 リカーンに行って帰るための方法を探るとか言われたが、考えてみたら本当にリカーンが言ったのか?

 もしかしたら、勝手にそんな希望をもっていただけかもしれない。

 言われたとしても、国として約束したのと、一部の人間の口約束では大きく変わる。


「ではそれを調べてから――」


「そんな事に意味はないんです」


 軍務長官エデナットは、バンっと机を叩いてこちらの言葉を遮った。

 コイツ意外と容赦ないなー。

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