第320話 何で軍人ってのはこんなにもクセが強いのだろう

 軍務庁の長官室は、内務庁や神殿庁とはまた少しおもむきが違う。

 お役所の一角のような内務庁、図書室を思わせる神殿庁と違い、ここはまさに軍の部屋だ。

 左右の壁には本棚が並んでいるが、背後にはラーセット周辺の地図が張られている。

 その左右には小さな窓があるが、明り取りではない。ちょっとした換気の為だ。

 この世界の建物は天井に発光版が設置されており、その光が主な光源だ。


 ちなみに電気などと違って消すことは出来ない。ついでに言えばこれは迷宮産で、寿命がある。

 それなりに高く取引されるので郊外や普通の家には設置されていないが、それ程希少と言う訳でもない。

 特に召喚者がモンスターを倒しまくり、迷宮ダンジョンから運び放題になると、大量に供給される事になった。

 今では主要貿易品の一つでもある。


 執務室にあるのは、他には一対の机と椅子。それに来客用の椅子が壁の隅に置いてある。

 ただ普通の来客は立って会話するからな。椅子を使うのは俺くらいなものだ。

 基本的に、他の長官が軍務庁の執務室に来ることも無いしね。

 普段使うのは会議室の方なのだから。


 現在の軍務庁長官は、ユンスの副官だったエデナット・アイ・カイが務めている。

 背は160センチほどと高くはなく、骨と皮だけの様にやせ細り、目の下には隈がある。

 髪は無く血色も悪く、何処から見ても末期の重病患者だがこれが彼の普段の姿だ。

 とても軍人には見えないのだが、まあ参謀タイプなのだろう。


「お待ちしておりました、クロノス様。どうぞお座りください」


 力無く立ち上がり挨拶するが、手だけで制して椅子に座る。

 これが本来の姿だと分かってはいるのだが、なんか見ているだけで不安になるんでね。


「本日のご用件は……いえ、聞くだけ野暮というものですが、一応お聞かせください」


「ちょっとリカーンを滅ぼしてこようと思ってね。その前に話を通しておこうと思ったんだ」


 その言葉を聞いて、あからさまに動転する。椅子からずり落ちそうになるくらいに。

 今時こんなリアクション、芸人でも取らないぞ。


「正気ですが……ではないですね。絶対にそう言うと先代のユンス長官は仰っていました」


「やっぱり、ユンスはこの事を知っていたのか」


「ええ、全て知っていました。私の仕事は、クロノス様がリカーンに手を出すのをお止めする事です」


 やっぱりそうか。国同士の事は分からないが、最期にあいつと話した時におかしいとは思っていたんだ。

 普段は礼を尽くしながらも対等だったのに、あの時だけは異様に丁寧だった。

 あの時点で今生の別れ――もう自分が死ぬ事は決定事項だったのだろう。だから最後に、それとなく礼を尽くしたのだ。

 そんな事にも気が付かなかった情けなさに涙が出そうになる。


 だが召喚者が裏切る事までは掴んでいなかった。

 もしその兆しでも分かっていたら、さすがに対処を求めてくるだろうしな。

 つか、それをするのが俺の仕事だろうに。完全に怠慢だ。あの世でユンスに何と詫びればいいのやら。


「それで、リカーンに手を出していけないというのはなんでだ。どちらにせよ、もし残った召喚者があの国に入っていた場合は国の状態など関係ない。全てのビルを破壊してでも全員この世界から帰還させるだけだ」


 まあ殺すとは言えないからな。ラーセットの人々も、死ねば帰るだけだと本気で信じている。

 だから――いや、これは今はどうでもいいな。


「これは入った先がマージサウルでも同様だ。というより、リカーンの後はマージサウルだ。あの国にはきちんと伝えてあるからな。いうだけいってやらないでは、所詮は口だけだと舐められるだけだ」


「そんな事をしたら戦争になりますよ」


「安心しろ、戦争にはならない。例え何十万でも何百万でも、俺にとっては有象無象。首都も潰してやれば、他の国もちょっかいを出しては来ないだろう」


「本気……で言ってますね。確かにユンス長官の言った通りの方です」


「何て言ってたんだ?」


「頭の回転は速く、また覚えも良い。だが基本的に考えが一本調子で、良く言えば単純、悪く言えば暴走。誰かが首に縄を付けてしっかりと握っていないと、何をしでかすかわからない……まあそんな感じでしょうか」


 アイツの墓には魚の骨でも供えておいてやろう。

 いや、冗談だよ。しかしそんな風に見られていたか。確かに政治音痴は今更だ。興味すらなかったのだから仕方がない。


「ですが、疑う余地のないほどに善人なのだから、問題があったら進言する事を恐れるなと言付かっています。ですので、ここでハッキリと言っておきましょう。リカーンに手を出すのは却下です。禁止です。何があっても行ってはなりません」


 落として上げるは話術の基本だが、茶化す気にはならなかった。

 それ程に、真剣な瞳でこちらを見ていたからだ。

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