第318話 追撃前に用事を済ませないと

 児玉こだまを送り返した後、俺は一度ラーセットに戻った。連中の残党を追わずにね。

 理由は言うまでも無いと思うが、制御アイテムだ。

 無ければ無いなりに今まではやって来た。だけど今はそうはいかない。なにせ俺を引き戻してくれるパートナーが近くにいないのだ。

 さすがに意識すら失った影法師になっても、ラーセットに戻って来られるとは思わない。かつてダークネスさんが言ったように、ここでもなくどこでもない、幽霊よりもなお希薄な存在として彷徨い続ける事になる。

 うん、絶対に嫌。


 それともう一つ大切な用件だ。

 俺は先に、そちらを済ませるべく召喚庁の庁舎へと向かった。

 教官組はあのまま全員待機させていたままだからな。

 迷宮ダンジョンから戻って来た他の召喚者も待機させるように指示したが、あれから2日では情勢は変わっていなかった。


 でもホッとしたよ。俺が出かけた後、風見絵里奈かざみえりながこの世界にいる意味を失って自害でもしていたらどうしようかと本気で思っていたんだ。

 もちろん、そんなやわなタイプじゃない。

 でもそれを言ったら、児玉こだまだって風見かざみを裏切る奴じゃなかったからな。


 執務室には風見絵里奈かざみえりなの他に、磯野輝澄いそのてるずみ千鳥ゆうちどりゆうも待機していた。


「無事に戻れましたか」


「2日も戻って来ないから、心配していたです」


 まさか児玉こだまと2日間していましたとは言えないな。


「なんか里莉さとりの匂いが染みついてる……」


 ジト目でこっちを見ている風見絵里奈かざみえりな

 さすが風見かざみさんは鋭いなー。


「激しい戦いがあったんだよ」


「どんな戦いだったのやら」


 ジト目が止まりません。誰か助けてください。


「それでその……やっぱり全員、処罰したのでしょうか?」


「当然だ――と言いたいが、6人に逃げられた。とは言っても、まだ2日の距離だ。やぼ用を済ませたらすぐに追いかけるよ。それと、児玉里莉こだまさとりだけは日本へ帰した。えこひいきと言われそうだが、彼女は積極的に加担したわけでは無かった事と、ここまでの大きすぎる功績。それに彼女自身が帰る事を承諾したからだ」


「その……逃げた中にみやは……?」


 風見絵里奈かざみえりな児玉里莉こだまさとりの様に、磯野輝澄いそのてるずみ宮神明みやしんめいもまた同期だ。気になるのは仕方がない……が、


「悪いが磯野いそのみやは主犯だった。それに帰る事など、最初から拒否していたよ。そうだな……その辺りの事やこれまでの事、これからの事もじっくりと4人で話し合いたい。でも今はやる事があるから、もう少しだけ待っていてくれ」


「分かりましたです」


「……了解です」


「いいよ」


「本当に、話したい事が山ほどあるんだ。謝りたい事もな。だから、必ず待っていてくれ」


 心の何処かにある不安を消すように念を押す。いや、俺自身に語り掛けていたのかもしれない。必ず俺は俺のままであれと。





 ◇     ◆     ◇





 全員を今まで通り待機させたまま、次は神殿庁へと向かった。

 こちらも、緊急事態という事で主要メンバーは皆待機している。

 ミーネルはもう隠居してここには来ないけどな。


「お帰りなさいせ、クロノス様。無事戻っていただいて心から安堵しております」


「そんなにかしこまらなくて良いよ、シェマン」


「だって、本当に心配していたんですよ」


 様子からして、ラーセットの行く末ではなく本当に俺自身を案じてくれていたようだ。

 有難いと同時に申し訳なくなるな。


「大丈夫だ。俺は絶対に大丈夫だからな。クロノスを信じろ」


「はい、信じます」


 心の底からの笑顔が眩しい。シェマンもいい女になったものだ。

 まあ、さすがにもう結婚しちゃっているけどな。


「それで今回はどのような御用件で?」


「ああ、制御アイテムがぶっ壊れちゃってな。新しいのを出して欲しいんだ」


「……ちょっと待って下さい。絶対に大丈夫? 信じろ? どんな状況で壊れたんです? 先ずはそこに座ってください」


 今日は良くよくよく女性にジト目で睨まれる日だ。厄日なのだろうか?


「こうして無事なんだから大丈夫だって。それよりそれなりに急ぎなんでな。すぐに出せるか?」


 そういや、前回は気を失っている間に用意してくれていたからな。実際にどうするかとかは知らないわ。時間がかかるようだったら、それはそれで面倒だな。

 そんな事を言っても、無いわけにはいかないが。


「すぐ出せますので、そこに立っていてください。あ、あとその姿ですと」


「ああ、そうだったな」


 認識疎外を解除し、何処から見てもいつもの俺になる。

 考えてみればいつもこんな事をしているから損耗が激しいのではないだろうか?

 スキルの連続使用は厳禁と言われていたのにな。


「やっぱり、その姿の方が良いですよ」


「まあ事情があるんだよ。では始めてくれ」


「それでは」


 そう言って、軽く手を伸ばせば触れるほどの距離まで来る。

 この距離感、懐かしいな。初めての時は、ヨルエナの乳を揉んだんだっけ。

 そんな事を考えていると、二人の間に光の膜が出現する。


「見えますか?」


「ああ、大丈夫だ」


 光の膜の中に、それはある。俺のスキルを制御するためのアイテム。虹色の板だ。

 なるほど、確かに壊れるとこうやって新しく取り出せるようになるんだな。不思議なものだ。

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