第317話 必ず日本に帰してやる

「目が覚めた?」


 ここは――どこだ?

 暗いが、スキルの影響で周囲の様子は分かる。同時に制御アイテムが無い事も。

 まあこれはあまりよろしくないが、俺は慣れっこだ。元々無しだったしね。幸い今は隣に全裸の児玉こだまがいる。というか……もうすっぽんぽんですか!?

 万歳神様ありがとう。そもそも、もう殺されていてもおかしくなかったよ。


 ここはどうやら俺が崩した兵舎の一つ。倒壊した家屋って感じだが、比較的潰れ方が緩い。

 まあ這って入れる程度の隙間ではあるが、中はもうちょっとだけ広い。

 さすがに二人重なるとキツキツだが。


「こんな所に運べるなら、なぜ殺さなかったんだ?」


「約束だったからね。勝ったのはクロノス様だよ」


 潔いというかなんというか。俺のスキルを使えば帰れるとは説明したが、本当に帰ることが出来るなんて保証は無いんだぞ。

 だけどそんな事は関係ないんだろうな。これが児玉こだまのポリシーというか、プライドというものなんだろう。


「そこまで潔いなら、どうして裏切ったりなんてしたんだよ」


「これから抱こうっていうのに、そんな事を聞くの?」


「これから抱くから聞いておきたいんだ」


 一応戦闘中にそれとなく聞いてはいたが、ハッキリ”こうだ”と言われたわけではない。

 俺の思い込みの比率も大きいからな、ここできっちり知っておきたいのだよ。


「そうだね……ハッキリ言っちゃうと、暇だったからかな」


 それは全く予想すらしていなかったぞ。

 つか暇つぶしか!?


「もうこの世界に来て、随分長い事経ったでしょ」


「ああ、児玉こだまは特に最古参だからな。今まで本当に長い間、皆の面倒を見てくれた。感謝しているよ」


「そこだよ、問題は」


 意味が分からない。かなり大切にしてきたはずなんだが。


「何だかんだでね、迷宮ダンジョン探索は楽しいんだよ。そりゃ最初は怖かったし、今も緊張するよ。常に死と隣り合わせだし、その意味も知っているしね。でも何度潜っても、いつも新鮮な驚きがある。知らない事で満ちている。今では、怖さなんかよりもそっちの方がずっと大きいの」


 そうだったのか……本当に、もっと話をするべきだった。というか、もっと早く話して欲しかったな。


「だけど教官組って役割になって、新人の教育をして、問題があった時のために地上勤務も増えて……本当に退屈。毎日、気の合う仲間と一緒に迷宮ダンジョン探索に行きたいって思っていたわ」


「だけど、それを禁じていたのは俺か」


「新人たちの命がかかっている事は知っていたからね。仕方ないって理解してるよ。でもやっぱり、テレビもないしゲームも無い。娯楽なんて何にもない世界で暇を持て余すのは辛いのよ」


「それで男に走ったのか?」


橋本はしもと君は良い男だったよ。さすがに普段から二人相手にしているだけあって、気配りも出来るし上手だった。でもそれだけだったな……」


「なら行かなくても良かったじゃないか。風見かざみが悲しんでいたぞ」


「怒っていたの間違いでしょ」


 はい、その通りです。さすがに良くご存じで。


絵里奈えりなと一緒に、何年も暇だってぼやいている事にも飽きたかな。何というか、刺激が欲しかったのよ。正直言えば、橋本はしもと君は行きずりの男ってところかな。そこまで義理立てする気はなかったよ。でも――」


「でも?」


「クロノス様と本気で戦えるって思ったら、その興味が勝っちゃった」


 さすがにいつでも相手してやるとは言えないな。児玉こだまが求めているのは、そんなおままごとのような模擬戦じゃない。

 しかしその為だけにあれほどの準備をしたのか。あと1年成長の時間を与えていたら、100パーセント俺の負けだな。


 そういえば、木谷きたにと戦った時もそんな空気をにじませていた。

 どんよりとした――人生に価値を見出していない人間というか……そうだ、世界が亡びる時に、もう何もする気力もなくただ生きていただけの連中的な感じだ。

 だけど俺と戦っている時は生き生きとした感じだった。

 賭けと言っていたが、そうか――あれが木谷きたににとって、この世界で生きるための心の糧だったのか。

 今更ながらに考えさせられたな。


「それで、するの?」


 それに応えは必要ない。俺は行動で示した。





 ※     ◇     ※





「それで、いつ帰してくれるの?」


「まだ心に抵抗があるな。体は受け入れてくれたのに」


「いやらしいことを言わないで。そりゃね、1度や2度したからって、心まで完全に許すほど甘くは無いよねぇ」


 強情な奴だ。

 俺は児玉こだまと肌を重ねた後、彼女を日本に帰そうとした。

 いやマジでしたんだけどね、いかんせん召喚者にこういったスキルはなかなか効かない。

 既に送り返した実績があるとはいえ、児玉コイツは百戦錬磨の強者だ。身をゆだねたつもりでも、常に心の何処かで警戒している。迷宮ダンジョンで身についた生きる術だな。


「仕方がない。気を失うまでやろう」


「……マジで?」


「お前が強情なんだから仕方がない」


「そんなつもりはないんだけどねー」


「まあ安心しろ。俺のタフネスは無尽蔵だからな」


「あたしもその点に関しては自信があるんだ。先に涸れ果てないでよ」


「ぬかせ」






 そんな訳で、心身共に限界に達して失神した児玉こだまを日本へと帰したのは、それから2日後の事だった。

 タフすぎるだろ! マジで限界だわ。

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