【 未来のために 】

第293話 いきなりとは逆に驚いた

 半年後、第5期生の数は0になっていた。

 帰還者は0。全員死亡だ。これには本当に頭を抱えるしかない。

 何と言うか、甘く見過ぎていた。


 召喚運が悪かったのか、情でなく餌で動かそうとしたのが悪かったのか、とにかく最初からトラブル続き。

 迷宮ダンジョンに潜るために必要だと様々な要求をし、少し潜っては、戻ってきて過剰なねぎらいを請求する。

 それに危惧していた通り、風見絵里奈かざみえりな児玉里莉こだまさとりのいう事などまるで聞かない。


 そして3ヵ月目に起きた大変動。幸い事前教育を徹底しただけあって、巻き込まれたものはいなかった。

 だけどその恐怖は相当堪えたらしい。今まで好き勝手やっていただけに、泣いても喚いても凄んでも駄々をこねても、どうにもならない自然の脅威を相手に軽々と打ちのめされてしまったのだ。


 そんな状態なので成果はほぼ無し。

 帰還したいと言い出した連中を素直に帰してしまえばよかったのだが、そんな状況なのでもう少し頑張って欲しいと説得した。

 そして、惨劇は起きた。





 △     ▲     △





 現在のダンジョンはアリの巣のように入り組んだ構造で、所々に巨大な空間が広がっている。

 そんな広間の中心にそれはあった。菱形で、虹色に光る不思議な金属の結晶だ。

 大きさは5メートルほどと見事なもの。因みに小指の先ほど有れば一生遊んで暮らせるらしい。

 報告を受けた俺は、風見絵里奈かざみえりな児玉里莉こだまさとりを伴ってここまで飛んできていた。


「ここが現場か。酷いものだな」


「ごめん……なさい。私の見通しが……甘かった……です」


 風見かざみの落ち込みが酷い。それに言いたい事はわかる。

 とはいえ――、


「賛成して決定したのは俺だ。責任の全ては俺にある。これからも、思った事はどんどん進言してくれ」


 目の前に転がる召喚者の死体。

 殺したのは――人間。彼ら召喚者だ。


 この時点で残っていたのは2チーム。

 片方は真面目で誠実、そして強いリーダーシップを持っていた大村智久おおむらともひさ

 スキルは光の玉を発生させてぶつけるエネルギー攻撃型。

 11人のメンバーと共に迷宮ダンジョンに潜っていたが、意外と慎重ですぐに戻って来る。

 特別な待遇を要求し続けたのもこいつだ。何でも要求を聞かせることで、強いリーダーである事をアピールしたかったのだろう。


 もう片方は長門蒔絵ながとまきえをリーダーとした4人。

 モデルのような体形に、割ときつめの美人。スキルは触れたものを感電させる人間スタンガン。

 メンバー全員女性で、なかなか迷宮ダンジョンに行ってくれなかったのが困りものだった。


 まあそんな2チームの内、前者の大村おおむらチームがこいつを見つけた。

 ここからは予想だが、相当に喜んだのだろう。

 幾つかのセーフゾーンを中継して、軍務庁に嬉々とした連絡が来たそうだ。

 直接こちらに連絡が来なかったのはおかしくはない。彼らの要求は、こいつを運ぶだけの人員を手配する事だったのだから。


 こうして幾つかのセーフゾーンの町から緊急で22人の兵士と30名余りの現地人が招集された。

 だけど軍務庁の何人かは、長門蒔絵ながとまきえたちの体を使った篭絡にコロッと落ちていた。

 というか、大村おおむらチームの何人かもだな。


 最終的に情報が何処から流れたのか分からないが、彼らはここで奪い合った。

 11人と4人。勝負にもならないが、大村おおむらチームのメンバー同士で相打ちになっている。こいつらは長門ながとたちの体目当てに裏切っていたのだろう。


 それにしても見事な相打ちだ。普通はどちらかが数人残ったりするものだが、ここまで綺麗に0になると逆に感心してしまう。

 まさに”事実は小説よりも奇なり”――だな。


 荷物運びなら俺に言ってくれればこんな悲劇は起こらなかっただろうが、俺のスキルは秘匿中。

 それどころか、相変わらず彼らに教えたのは名前くらいなもので、俺自身は雲の上の存在という立ち位置だ。

 それもこれも、いつか知り合いが召喚されて来た時の為だからしょうがない。


 既に完全に存在を外していても風見絵里奈かざみえりな児玉里莉こだまさとりには察知されている。

 つまりは着替えを覗こうとしても――ではなく、認識を外していても、成長した召喚者には通用しなくなってしまう日が来るかも知れないわけだ。

 そんな訳で、接触は控えていたわけなのだが――、


「やっぱり……物で釣った時点で、人は……こうなっちゃうのかな」


 ただでさえ口数の少ない風見かざみは、更に声も小さくなり、言葉も絞り出すようにとぎれとぎれだ。


「さっきも言ったろ、気にするな」


 確かに義侠心や興味で動いていた人間に、金や名誉という対価を渡してしまうと目的が変わってしまう。

 そこまでの目に見えない目的意識が、現実の目に見える存在に塗り替えられてしまうのだ。


「それで、これはどうするの?」


 現場には報告してくれた軍務庁の兵士達や荷物持ちが待機している。

 彼らとしても、この状況をどうしたらいいのか分からないといった様子だ。

 色々な意味で、本当に困っているのだろう。


「これは彼らの遺品ではない。まだ誰のものでもない迷宮ダンジョンの宝だ。持って帰っても問題はないよ。風見かざみ児玉こだまは彼らの護衛をしてこいつを地上に運んでくれ」


 今回の召喚は俺の期待にはそぐわなかった。

 ――が、現地の人たちからすればこれ1つで十分に生贄の価値はあっただろう。

 とにかく次だ。問題点は修正していけばいい。

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