第292話 もう後戻りはできない

 襲い来る黒竜は相当な迫力だ。

 巨大なあぎとと牙、そして鋭い爪。更にドラゴンという存在のイメージもあって、並の人間だと迫力だけで硬直してしまうだろう。

 しかもこいつ、しっかり火も吐くしな。

 だけど、こいつと戦うのはもう2度目。しかも前回は楽勝だった。

 そして俺は、その時よりも強い。


 炎を外し、両腕の爪を、鋭い牙を、関節を、次々と外す。

 僅か数秒で、黒竜はまるで軟体動物の様に地に伏した。

 まだ聞きたい事はあったが、残念ながらここまでだ。こいつはもう、自重で呼吸も出来ない。放置すればやがて死ぬが、俺は首を胴体から外した。

 わざわざ苦しめたってしょうがない。


 まだまだ聞きたい事は残っていたが、こいつにはこいつの使命があった。あれ以上の話は出来なかっただろう。

 けれど、残念とは思わない。ここを護っていた黒竜は死に、新たなセーフゾーンとなった。

 でも次の大変動が起きれば、何処かのセーフゾーンにひょっこりと現れる。

 無人の場所なら良いが、既に利用中でもお構いなくこういった連中は来るらしいからな。


 また大変動の後で、余裕があったら会いに来よう。

 その時まで、暫しの別れだ。こいつにとっては、迷惑な客だろうけどね。





 ■     ❖     ■





 こうして用事を済ませて地上に残った後は、ひたすら事務作業が待っていた。

 ただの自己満足だが、生贄となる人を知っておきたかったんだ。今の俺にとっては、彼らの命も召喚者の命も変わらない。もちろん国の事を考えれば軽重けいちょうは付けなければならないが、それを言い訳にしてはいけない。そうですよね、新庄しんじょうさん。

 ケーシュとロフレの仕事を増やしてしまったのは申し訳ないが、まあ俺の自己満足に付き合ってくれた分は一生懸命サービスしよう。





 そんな生活をしながら半年後。遂に第一陣の召喚準備が完了した。

 今回の予定は20人。


「ミーネル、いけるか?」


「数は負担にはなりませんのでご安心ください。ただクロノス様のおっしゃった上限というものは把握できておりません」


 俺の時に50人だからといって、今がそうだとは限らないからな。

 ミーネルが『あと何人召喚出来ます』とか把握できれば良かったんだが……。

 だけど、いきなりここで詰まる事はないだろう。


「じゃあ開始しよう」


 そう言うと、俺は完全に認識を外した。

 当然だが、新たなる召喚者への説明と抑止のために風見絵里奈かざみえりな児玉里莉こだまさとりも同席だ。


 不安なのか緊張しているのか、ちらちらとこちらの方を見てくる。頑張れよと心の中で声をかけると同時に、完全に外した認識を見破られている事に驚くな。

 彼女たちの成長にも驚くばかりだ。


 こうして、新たに20人の召喚者がラーセットに加わった。

 第5期生とでもいえばいいか。

 残念ながら、知っている人間はいなかったが、さてこれからどうなるかは誰にも分からない。

 俺が召喚された時の説明だと、この時期から残っている人間は4人だけだったという。

 積極的に召喚したくなかった理由の一つがそれだ。

 同じ歴史を繰り返さない事はもう分かっているが、それでも相当数が死んでしまう事を恐れ、犠牲を減らそうと考えていたんだ。

 それじゃあダメだったと分かったから、今こうなったのだけどね。


 ミーネルの説明から始まって、召喚者の動揺、混乱、そしてスキルや時間が止まっている事、死んでも帰るだけなど、いつもの説明を受けた後の目の色の変化。

 そして今回から、新たに1つの要素が加わった。

 良いアイテムを手に入れたら、地球に戻った時に特別な力を手に入れられるというアレだ。

 有名人の名を騙ってな。


 俺はどうしても、これをしたくなかった。

 嘘で塗り固めた塗り壁のような存在だから、俺の名誉なんてのは今更だ。ただ、これによって召喚者同士の奪い合いが発生する事が分かっていたからだよ。

 だけど相談の結果、風見かざみの提案で採用した。

 毒を喰らわば皿までという奴だ。


 もう後戻りは出来ない。今後は次々と召喚し、多くの命が失われるだろう。

 けれど、それでい。全ての罪は俺が被ろう。

 やらなければいずれ地球で死ぬだけとはいえ、それが本人の意思を無視してここで死なせていい理由ではない。

 どうせ死ぬなら、故郷で家族と一緒にと考える方が多かったからな、経験上。

 でも俺だったら、抵抗する機会が得られるのならそっちを選ぶ。

 ……なんていっても、本人に選ばせられないのだからやっぱり駄目なんだよな。


 けれど今までと1つだけ違う点がある。

 それは本当に日本に帰せるという事だ。

 百パーセント確実かといわれると実は困るが、ここは自分の実績を信じよう。

 さて、次の召喚は半年後。数は同じ20人だ。

 この調子で頑張って行こう。

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