第287話 もう気が付いてしまったか

 まあ最初からスケベな事では無いと分かってはいたが、一瞬そう考えてしまった自分が恥ずかしい。

 というか、風見絵里奈かざみえりなはまだ高校1年だ。まあ召喚してから今日でちょうどほぼ1年。ましてや体験の濃さは、向こうの1年とは比較にもならないが。

 だが人生経験では俺の方が遥かに濃い。しかも年上だ。話の主導権はしっかりと握っておかないとな。


「という事は、帰るかどうかの話だな」


「まあそれ以外の話じゃないのは確かです」


 児玉里莉こだまさとりは真っすぐ俺の目を見てハッキリと言った。

 こちらは元々高校2年。風見絵里奈かざみえりなとさほど変わらない。だけどその鋭い眼光は、もう召喚者として――というより、生死を掛けた戦いを経た戦士の目だ。

 この1年と大変動の体験が、彼女が子供のままでいる事を許さなかったのだろう。


「それでどうするんだ?」


「その前に……質問があります」


 いつもと同じようにどこかおどおどした感じの風見かざみだが、こちらもいつもとは雰囲気が違う。

 そりゃそうだろうな。昨日の今日で、しかも人払い。世間話などではない事は明らかだ。

 ただ単純に帰るだけって話だけなら、ここまでする必要はない。

 これは少し気を引き締めていた方が良いだろう。


「死んだ人って、帰っていませんよね。本当に死んでますよね」


 たった今気を引き締めて良かった。もしのんびり構えていたら、今頃『なななななななな何の事ととととととかななな?』なんて超キョドっていただろう。

 それでも僅かに手が震え、背中に冷たい汗が流れる。


「つまりは私達に、いざという時には人殺しをしろって言ったんですよね?」


 間髪入れずに児玉こだまが畳みかけてくる。

 手に余るようなら容赦なく帰してしまってくれといった件に関してだよな。

 しかし待て、何でバレた。なんて考えても仕方がないな。この子たち――特に風見かざみの鋭さはさっき味わったばかりだ。

 単純に考えれば、俺の僅かな変化が様々な情報を与えていたのだろう。

 要するに俺が単純な人間という事だ。彼女とポーカーをしたら、絶対に勝てなさそうだ。


 等と考えていても仕方がない。沈黙は肯定だ。それも最悪の形での。

 なら開き直るか? それとも無駄だと思いつつあくまで誤魔化すか?

 うーん、どれも詰んでいる。

 とはいえ、選ばないとな。

 何せ彼女たちは話をしに来たんだ。帰るのではなくな。

 もっとも、その帰るという事も怪しいと思ったからこうなっているのかもしれないが……。

 よしまあ、最悪の場合は殺さないギリギリまで抵抗力を奪って日本に帰そう。

 少なくとも、ばれたから殺すという選択は俺には無い。特に彼女たちにはな。


「そうだな、もう正直に言ってしまっても良いだろう。普通に死ねば、本当の死だ。俺はそれを向こうで知った」


「帰ったって人は、全員死んでいたんですね」


「そこは違う。帰した人間は帰っていた。俺のようにね。ただラーセットでの記憶は完全に消えていた。だからみんなの死を受け入れられなかったし、信じられなかった」


「……大事な人がいたんですね?」


「その通りだ。結局、10年経っても受け入れる事なんて出来なかったさ。そして本当に、こちらの世界の怪物モンスターの出現によって世界は崩壊した。その辺りは話した通りで嘘はない」


 まあその言葉をどこまで信じてくれるかは分からないが。


「死んだ人の、全員の死因はわかりますか?」


「先ず日本でのデーターでは全員心不全――つまりは原因不明だ。俺は医者になってからすぐに調べたが、外傷は無く、特定の出来る病気でもなかった。こちらでの死因に関しては、俺が戻った時にまだ残っている人もいたからな。その辺りはわからない。すぐに亡くなったのかもしれないし、案外100年とか200年とか、或いはもっと長い間留まっていたかもしれない。だけど向こうの時間は止まっているからな。夜が明けたら、大量死のニュースが流れていたよ」


「本当にそんなに長く生きられるんですか?」

「そんなに召喚したんですか!?」


「いや同時に言われても。まあ老いは無いからな。死なない限り、時間は無限だよ。それと召喚の数に関しては俺に言わないでくれよ。当時召喚していたのは俺じゃない」


 まあ正確には俺なんだけど、それもまた正しくはないんだよな。

 いや、それにこの件に関してはまだ明確な答えが出ていない。

 ラーセットの召喚では今のところ日本人――というより、日本在住の人間だけだ。

 だが世界同時大量死だった。その謎は謎のままだな。


「だけどまあ、それもあって今回は少数精鋭を選んだ。全員を目の届く範囲で鍛えて、より確実に生き延びられるようにね。だけど実際はこのざまだ」


「それでクロノス様はまだ召喚を続けるおつもりなんですか?」


 嘘つきの人殺しに、まだ”様”を付けるのか。

 いや、それはどうでもいいな。


「そうだ。そして地球を襲った奴を倒し、生き残った希望者は全員地球に帰す。もう新たな召喚はしない。だけど、それまでに多くの人間が命を落とすだろう。だがやらなければ、ラーセットは滅び、周辺国も滅び、地球も滅ぶ。他にもっといい意見があったら是非聞きたいが、俺には他に思いつかなかった」


「こちらで何年経っても地球の時間は動いていないんですよね? もっと時間をかけて慎重にやっても良かったんじゃないんですか?」


 確かにそうしたい……が、


「百年後に、南にあるイェルクリオが襲われた。尋常ではない数にまで膨れ上がってな。地球の時間は無限かもしれないが、こちらには限りがある。時間を与えれば与えるほど、向こうが有利になるわけだ。案外、この世界を滅ぼし尽くした後で地球に来たのかもしれない」


 そういえば、何であいつは俺たちと同じ時間に現れなかったんだろう?

 今考えても仕方がないが、ついつい疑問が浮かぶと考えてしまうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る