第286話 帰るって話じゃなさそうだが

 翌日、朝から帰還者――まあ死者だけど、“今までありがとう会”の日程を決めるための話し合いをケーシュとロフレと相談している最中であった。


「失礼します」


「クロノス様はいますか?」


 ここは召喚庁の庁舎という名目ではあるが、ドアを開ければ即事務所だ。うん、ちょっと寂しいね。

 職員も二人だけ。仕事の量からすれば少なすぎるが、日本語を習得している人間が少ないから仕方がない。

 神殿庁で日本語教育をしてもらっているが、殆どがまだ教育課程だそうなので難しい。

 そんな訳で、ドアを開ければ即事務所だ。


児玉こだま風見かざみか。朝からどうしたんだ?」


「ちょっとお話があって。すみませんが、お二人は外していただけませんか?」


 この二人は俺の一部のようなものだ――なんてドラマのようなセリフを言ってみたかったが、二人の――というより児玉里莉こだまさとりの迫力に押され、ケーシュとロフレはさっさと奥の資料室に引っ込んでしまった。


「それでどうしたんだ?」


 二人が引っ込んでしまったので、そこはかとなくコーヒーのような風味のあるものを俺自身が淹れる。

 その間に様子を見るが、真剣なのは分かる。だがどんな理由かは……いや、今更考える必要も無いな。昨日の今日で来るって事は、帰る決心をしたという事だろう。

 これで全員いなくなって、振り出しに戻るわけだ。何とも辛いな。


「おまたせ。それで今日はどんな用件なんだい?」


「その前に、その偽装を止めてもらえませんか? 目を見て話したいので」


 ふむ……確かに普段の俺は中途半端に認識を外している。毎度の事だが、傍から見ればローブを纏った幽霊のような感じだ。いる事は分かっても、はっきりとは認識できない。

 これはいつか高校生の俺が召喚されてきた時の対処だ。召喚者としての能力が上がったらあっさりと看破されるだろうが、今はそこまで気にしなくても問題はない。


 ――が、外せと言われるとは今まであまり考えていなかった。というより、彼女らには『敵が多いしどこに潜んでいるかもわからないから、他人を巻き込まないようにこうしている』と説明してある。

 ここは一応密室だが、どんなアイテムがあるかも分からないから、どこでもこうしている事も伝えてある。その上で、認識阻害を外せと要求する……これは単に帰るというだけの話ではないのかもしれない。


「良いだろう。だが俺の容姿などに関しては他言無用だ。それに認識阻害を外すリスクに関しては以前説明したと思う。その上での要求だと思って良いんだな?」


「どうせあの二人とHしている時は、その認識阻害っていうのは外しているんでしょ。今更じゃん」


 なんだ、しっかりバレてるじゃないか。

 だがこれは極秘事項。どっちかがしゃべったか?

 というか、今まで口留めなんてしたことが無かったわ。馬鹿だな、俺は。


「良いだろう」


 俺は覚悟を決めて、認識を外す。

 覚悟とは様々な意味を含む。最悪の場合、彼女たちを無理矢理にでも帰す。ダメなら殺すまで視野に入れた覚悟だ。それ程に、高校生の俺と今の俺を繋いで考えられては困るんだ。

 もし俺が失敗したら、次の俺に繋がなければならない。

 自分でこういうのも凄く嫌だが、その場合、次の俺の命は地球全人類の命の重さに等しい。

 そして同時に悲しいほどに脆い。何せスキルを制御するアイテムが無いしな。

 召喚者――つまりは地球人を憎む者に知られたら、完全にお終いなんだ。


「思ったよりも普通ですね」


 そんな俺の重い決意とは裏腹に、児玉里莉こだまさとりの放った言葉はあまりにも呑気だった。

 人の気も知らないで……全く。

 ちょっと苦笑してしまったが、少しだけ緊張感がほぐれたよ。


「もっと不気味な存在だと思ったかい?」


「いえ、女好きでスケベで手当たり次第に手を出しているって聞いていたから、普通過ぎる事が意外」


「小さな子でもお構いなし。召喚者じゃなかったら必ず性犯罪者になっていただろうって」


 情報の出どころは簀巻きすまきにして川にでも放り込んでおこう。


「でもケーシュさんとロフレさんも、あとミーネルさんやシェマンちゃんも、凄く上手だって。だからもっとチャラ男的なイケメンかなって思っていました」


 ひでー言われように心が折れそう。

 つかガールズトークか? そんな事まで話している仲なんだ。


「召喚者同士でも子供は出来ないから、避妊は気にしなくても大丈夫だって。それに初めては上手な人が良いとかも……」


 またすごい話をしているものだ。

 だけど、俺は今までと違って召喚者を抱くつもりはない。というか無かった。

 あんな幽霊みたいな状態の俺に抱かれても不快感しかないだろうしな。

 と言うか、まさかそんな話か?


「多分考えている事とは違いますからご安心ください」


 風見絵里奈かざみえりなの言葉に一瞬ドキッとした。

 アイテムのような力は感じないし、彼女のスキルはコピー。

 時々鋭い所は見せていたが……あれはスキルとかではなく、今までの人生で身に着けた技術なんだろうな。

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