第285話 自由に生きたい

 トボトボと還って行く二人を見送ったが、様子からしておそらく彼女たちは帰らないだろう。

 今は全部を話せない。だけどいずれもっと多くの事を話す必要があるだろう。

 場合によっては、他の召喚者を騙す為の共犯になってもらう必要もある。

 辛いな……。





 〇     ※     〇





 自分たちの宿舎へと還りながら、風見絵里奈かざみえりな児玉里莉こだまさとりはぼんやりと星空を見ながら歩いていた。

 話の内容がショック過ぎて、どう反応して良いのかすら、あの場では分からなかった。

 そんな中、ぼそりと呟いたのは“コピー”の能力者、風見絵里奈かざみえりなの方からであった。


「こうやって夜空を見ていると、本当に別の世界だなって感じがするね」


「土星みたいで面白い月だよね。でも、意外とあの星のどれかに太陽があるかも」


「別の世界じゃなくて別の星かぁ。それも面白いかもね」


 そんな他愛のない話をしてみるも、やはり本題は先程の話へと吐いてしまう。


「ねえ、里莉さとり。さっきの話、何処まで信じたの?」


「え、何か問題があったの?」


「あったも何も、全部信じられる方がおかしいわ」


「うーん、どうだろう。私が見た限りだと、結構真面目な人だよ。それにあからさまな嘘は感じなかったかな。絵里奈えりなが疑い過ぎているんじゃない?」


「確かにそうかもね。でも正直に言うよ。死んだら帰れるって話、あれね、嘘だと思う」


「その根拠は?」


 児玉里莉こだまさとりの言葉は呆れたようでもあるが、同時に確信めいたものも秘めていた。

 絵里奈えりなが理屈をこね始めたら聞く必要もないだろう。疑い深く、思い込みで語る理屈家だ。屁理屈の女王と言っても良い。

 だがその一方で、勘だと言われると信憑性が跳ねあがる。

 それなりに長い付き合いの中で培った経験だ。


「じゃあさ、あの大変動で巻き込まれたみんなは死んだの?」


「多分ね」


「じゃあ帰ったって言う中学生の子たちはどうなったの? あの二人は殺されたの?」


「あの二人は帰したと思う。クロノス様が自らが行ったって言うのは、間違いなく帰っていると思うよ。でも勘だけどね」


「そっか……なら私たちも、大変動や戦いで死んだら死ぬって事なんだね」


「そうだね……」


 絵里奈えりなの勘はただの勘ではない。言葉の流れ、イントネーション、場の空気。そういったものからほぼ無意識に内容の真偽を判断する。いわば生きた嘘発見器だ。

 自分自身も彼女に嘘は通じないと思っているし、彼女のこの秘めたる能力に何度助けられたか分からない。

 スキルという超常現象を目の当たりにしても――いや、したからこそ、今までは『凄いな』程度の認識であった彼女のこの能力が真実味を増す事となった。

 ただ――、


「でもさ、ならこれからどうするの? 帰るつもりはないんでしょ?」


「うん。私は……そのつもり。というより、里莉さとりは帰りたいの?」


「難しいな。帰るってのも、正直どこまで信じて良いか分からないしねー」


 絵里奈えりなの真偽を悟る力は信じているが、相手が本気で言っていたら判別出来ない。分かるのは、あくまで相手が嘘をついている自覚がある時だけだ。

 そう考えると、結局は何が正しいのかなんて分かりようが無い。


「でも絵里奈えりなは帰ると思ってたよ。かなり怖がっていたし、それに戦闘も苦手でしょ」


「スキルが思ったより良くなかったのはショックだったわ……」


 言葉通り、風見絵里奈かざみえりなの落ち込みは酷い――が、


「それでもね、私はこういった世界に憧れていたの。普通に学校に行って、勉強して、就職して、その後はどうなるかは分からないけど、多分普通に生きるんだろうなって思っていたの。でもここは違う」


「普通も悪くは無いと思うけどね」


「それは普通の生活に受け入れられている人だけだよ」


 確かに絵里奈えりなは学校からも、社会からも孤立気味だ。だけど――、


「たとえしんどくても、普通の生活をしていたらそんな簡単には死なないよ。でもこっちの世界じゃ……」


「それはもう分かってる。みんな死んじゃったし。でもね、私はもっとこの世界で頑張ってみたい。早くに死んじゃうかもしれないけど、同時にこうしている毎日が、今私は生きてここにいるんだって実感させてくれる。迷宮ダンジョンでの探索も戦いも怖いけど、楽しいの。でもこんな想いも、帰ったら全て忘れちゃう。ここでの楽しかった日々が消えて、また向こうでの何も無い日々が始まる。それだけは嫌。もし帰るのなら、それはこっちの世界の事を忘れない手段を見つけてからだよ」


 それは、今までの付き合いでは一度も見せた事の無い笑顔と決意だった。

 いつもひっそりと陰で生きるようだった絵里奈えりながこんな顔をするんだと驚いた。

 でも、やっぱり人それぞれ得意分野もやりたい事も違う。

 正直言って、彼女はこの世界に不向きな人間だろう。だけど彼女自身は、こっちの世界を選んだ。友人として、その選択を尊重したいと思う。


「それに、今帰っても死ぬだけだよ。地球は滅んじゃうんだから」


「それも真実か―」


「明日改めて話してみよう。それ次第でどうするか決める……かな。里莉さとりはどうするの?」


絵里奈えりなに付き合うよ。私は一応先輩なんだし。それに絵里奈えりな一人じゃなーんにも出来ないでしょ」


「まあ……そうなんだけど」


「少し位は否定しなさいよ」


 こうして、二人は笑いながら宿舎へと帰ったのだった。

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