第282話 これは話しておくしかないだろう

児玉こだまの懸念は当然だ。俺も最初は、あのメンバー全員の成長に期待していた。将来的には先輩として、幾つものグループのリーダーとして皆を導いて欲しいとも思っていたよ。だけどこんな結果になってしまった。全ては俺の決断が遅かった結果だ。本当に、申し訳なかった」


 そうだ。可能な限り犠牲を減らそうとした結果がこのざまだ。逆に振出しに戻ってしまった。こんな事をしていたら、いつまで経っても目的を達成できない。


「だから君たちには今後、召喚者に最初のノウハウを教える仕事を任せたい。それに調停だな。召喚者同士や現地人の間で問題が起きた時、その対処の当たって貰いたい」


「それが難しいって話でしょ? 問題を起こすような連中が、私らの話を素直に聞くと思う?」


「聞かないなら、帰してしまって構わない。むしろ一切躊躇はするな。スキルを使う者同士の戦いは、先手が圧倒的に有利だからな。判断は全て任せる。俺の承諾を取る必要はない」


「それは、私たちに人殺しをしろって事?」


「実際に死ぬわけじゃない。日本に戻るだけだ」


「あの、良いですか?」


 ここまで大人しかった風見絵里奈かざみえりながおずおずと手を上げる。


「ああ、質問があるなら何でも聞いてくれ」


「それは何処まで信じたらいいのでしょうか?」


 ……当然か。俺だって帰れると言われたって信じることは出来なかった。

 彼女もずっと心の中に抱えていたのだろう。

 正直に言えば、俺のスキルでも確実に帰せているとは言い難い。確証はない。ただ龍平りゅうへいの時は出来たという実績が残るだけだ。

 だけど召喚者とこの世界は確実に何かの力で繋がっている。だから召喚者はある程度決まっている。それは三浦凪みうらなぎが証明してくれた。

 同じ人間が召喚されてくるなど、天文学的な確率だからな。

 だから、必ず帰っている。

 ……そう信じなきゃやっていられない。


 だが普通に死んだら?

 それは本当に死だ。向こうの世界でも、当然死んでいる。

 だけどそれを言ってしまったら、さっき彼女に言った事がそのまま嘘になる。

 そう、問題のある召喚者を殺すことは殺人だ。俺は女子高生に人殺しをしろと言ったんだ。

 けれど真実なんて言えやしない。だからここで話題を変えた。

 本来、これを話すために呼んだんだ。


「それは確実だ。今まで君たちに言えなかった事がある。まずそれを話そう」


「言えなかった事ですか……」


 話を変えた事に少し納得していなかったが、今は仕方がない。

 というか、この件は信じて貰うしかない。


「俺は以前にもこの国に召喚され、その後にまた戻ってきた。いわば出戻りだ。これは、ミーネルらのラーセット人すら知らない事でね」


 二人の表情が一気に硬くなる。

 間違いなく、こんな話が出るとは予想もしなかったのだろう。

 今まで話さなかったのは、ここで付いた嘘はそのままもう真実とするしかないからだ。

 今後、何があっても訂正は出来ない。覚悟を決めろ、俺。


「俺が召喚されたのは、今よりもずっと未来の世界。もっと多くの召喚者がいて、このラーセットも大いに発展していた。そんな中、俺は普通の召喚者の一人として召喚された。君たちと同じようにね」


 二人は食い入るように、身を乗り出してきた。

 相当に興味を引いたのだろう。


「その後は他の召喚者と同じように働いた。先輩たちから迷宮ダンジョン探索のノウハウを教わって、一緒に召喚された仲間と一緒に随分と長い間働いたものさ」


「問題は起きなかったんですか?」


「山ほど起きたよ。君たちが召喚された時のような事は、ある意味日常茶飯事だったさ。他にも働きたくないという者達も沢山いた。みんな帰ってもらったけどね。ただ知っての通り、召喚者を呼び出すには沢山の現地の人の命が犠牲になる。だからそうやって無駄に帰した分だけ、俺達と現地の人との間にはどうしようもない軋轢あつれきがあった。今考えたら当然の事だったけど、何も知らない当時の俺は、勝手に召喚しておいて勝手に気に入らないとか言いやがってとか思っていたよ」


 いうまでもないが、これは嘘と本当の入り混じった話だ。

 スキル無しとして追放されましたなんて言ってしまったら、俺が召喚されて来た時にもう本人特定じゃないか。

 それに、その辺りは彼女たちの興味の範疇はんちゅうじゃないだろうしな。


「でもそんな関係だったが、ラーセットが今よりもずっと発展していたのは事実だ。だけど今考えると、あれじゃあ足りなかったんだ。理由は、これから話す事に大きな関係がある」


「それは?」


「そうだな。では俺が帰ってからの話からしよう。俺が帰った時、ラーセットの記憶はすべて消えていたよ。それと、召喚されてた日は覚えているね?」


「5月28日です」


「俺も同じだ。そして目が覚めたら、5月29日。要するに翌日だった。こちらの世界にいる間、現実世界の時間は進んでいない。それらは事実だ」


「帰った人はみんないたんですか?」


 当然、それは確実に聞かれるだろうな。

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