第279話 こうしないといけないんだから仕方がない

「いや、物自体はどうでも良いんだ。その点は気にしないでくれ。ではまず、スキルの制御アイテムを渡してくれ。あ、一人ずつで良いよ。じゃあ最初は峯崎みねさき君からだな」


「はい。ではこれを」


 渡されたのは濁った感じのビー玉。あまり高級感は無いが、まあ見た目はどうでも良いや。

 さて、龍平りゅうへいの時は上手くいった。だけどもうボロボロで、意識すらはっきりしていなかった。あんな状態だから、あの時でも出来たのだと思う。

 でも今、目の前にいる彼は全く問題が無い。上手くいかなかったら、精神が壊れるまで牢に入れておくべきだろうか?

 なんて好奇心からの冗談だよ。実際にやったりなんてするものか。


 でも失敗したら、この斧でズバッと……ってな事になるのだろうか。

 さすがに嫌だなあ。

 頼むから成功してくれよ。


「では、次にこの斧を持ってくれ」


 多少の警戒をしながらも、こちらの言葉に従って大斧を持った。

 人間、武器を持つと安心するらしい。目の前にいるのが俺であるにも関わらず、少し緊張が解けた。

 偉いぞケーシュ。さっきの評価は撤回だ。


 次に峯崎みねさき君を抱きしめる。


「え、ちょ、ちょっと」


「良いから、力を抜いて。俺に全てをゆだねるんだ」


 日黒ひぐろちゃんは顔を両手で覆い真っ赤になっている。

 だけど指の隙間からしっかり見ているな。もしかして、君そっちの趣味?


 峯崎累慈みなさきるいじをこの世界から外す。龍平りゅうへいにやった様に。

 だけどなかなか上手くいかない。心の何処かで、まだ抵抗があるんだ。

 やっぱり狂うまで地下幽閉か?

 それは冗談としても、酒でも飲ませてベロンベロンにしておくべきだったか?

 いやダメだな。寝ている時でもこういったのは通じないんだ。自らが真に自分の意志で受け入れない限りダメなんだろう。


「もっと力を抜いて」


「む、無理です!」


「大丈夫だ。俺に身をゆだねろ。そうだ、いいぞ」


 真っ赤になりながらも見ている日黒真央ひぐろまおと興味津々で見ているケーシュ。いつの間にかロフレも奥から見に来ているぞ。仕事しろ。

 そんな事をしている内に、だんだんと受け入れて来たのだろう。次第に体が光に包まれていく。


「これは……」


「帰る時が来たんだ。さあ、もう少しだ。力を抜いて、故郷の事だけ考えるんだ」


 光は徐々に彼の体全体を眩く包み、それが収まった時、彼は消えていた。

 持たせていた斧が、ガランと地面に落ちる。

 出来た! 出来たんだ! 物事は良い方向に進んでいる。確かにそうだ。

 今までのクロノスでは出来なかった。前のクロノスが作った制度を考えれば、それは間違いない。

 無理やり俺を元の世界に戻したが、あれは時計の針があってこそだ。


 武器からは迷宮産の力は失われていない。これが成功なのかどうかは不明だ。

 だけどここまで、最初に言われた事には真実が含まれていた。元の世界に帰れる。帰ったら記憶は失われるなどだ。

 なら、高価なアイテムを収めたら、僅かだがスキルの効果が残るっていう話も、もしかしたらいつかのクロノスが実際に体験したことかもしれないじゃないか。


 だけど、向こうに戻れば飯仲白音いいなかしらねの死を知るだろう。こちらの世界の事は全部忘れるのは救いだけどな。

 ただ、これはまだ観測できたわけじゃない。本当に帰れたかは依然謎のままだ。

 だけどもし、これで本当に帰る事が出来たのなら……そしてスキルの一部を引き継いでいられるのなら――彼は――いや、帰った皆は、世界を救う救世主になるかもしれないな。

 もしかしたら、保険としてではあるが、そんな事を考えても良いのかもしれない。


 間違いなく、これが前のクロノスがしたかったことだ。

 だけど、多分まだ何かが足りない。実際には分からないが、前のクロノスはそう判断した。

 あの時点で完璧なら、あそこで俺を現代に戻す理由が無かったからだ。

 それをこれから探していていこう。

 まあその前に――、


「次は日黒ひぐろちゃん。君の番だよ」


「あ、あの……優しくして下さい」


 女の子が男にそんな事を言っちゃだめだよと思いつつも、俺は彼女の小さな体を抱きしめた。

 柔らかい……温かい……心音と緊張が伝わってくる。

 でもそれだけに、まだ警戒心が強い。いっそここで、押し倒して抱いてしまうか。

 ……いや冗談だよ。本気にしないでくれ。

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