第278話 止めることは出来ないな

 中学生としてはとてもしっかりしている。それに、その瞳にはもう迷いの色は無い。

 ああ……ダメだな。これは説得など出来ない。

 この世界で、俺達は時間の感覚が違う。いきなりこの世界に来てヨルエナの乳を揉んだ事や、初めてひたちさんやセポナを抱いた事。そして咲江さきえちゃんや先輩、それにミーネルさんたちとの事。全てついさっきの出来事の様だ。

 いや、これだとただのスケベ男だな。ダークネスさんらとの出会いも付け加えておこう。

 そんな訳なので、この世界で負ったトラウマは決して消えない。

 親友の断末魔――そんな思い出を抱えたまま、この世界で彼女が冒険を続ける事は不可能だ。


「分かった。君達を元の世界へ帰そう」


「あ、ありがとうございます」


「忘れちゃうって言われたけど、もし覚えていたら、この事はきっと本に残します」


「ああ、楽しみにしているよ」


 笑顔の陰で、胸がズキズキと痛む。帰すという事の意味を、俺は知っているのだから。


 こうして峯崎累慈みなさきるいじ日黒真央ひぐろまおは元の世界へ帰すことになった。

 ただ名目上そうだというだけで、実際に帰れなどしない。それは俺が一番よく知っている。帰る方法なんてないんだ。


 じゃあどうするか。そりゃ、殺すしかないだろう。

 ここまで一生懸命ラーセットのために働いてくれた二人。しかも中学生。これで日本に帰れると思って笑顔でこちらを見ている。

 俺は何度地獄に落ちれば済むのだろう……。


 大体、彼等はもう召喚者として成長してしまった。

 いつかの騒いだ男とは違う。俺が彼らの命を外そうとしても、召喚者である彼らは軽々と防ぐ。

 もちろん攻撃系のスキルで召喚者は殺せるが、それはあくまで物体を使っての攻撃や肉体自信を強化したものだ。一応、スキルで発生させた爆発や電気などのエネルギーもそうだな。

 だけどスキル自体は通用しない。即死系や催眠系のスキルは、召喚者には通じないんだ。


「ただ知っていると思うけど、帰る方法がね」


「この体から、魂を抜くんですよね。つまりは殺されなくっちゃ駄目なんですよね」


「か、覚悟は出来ていますから、せめて痛くしないでください」


 いたいけな女の子に『痛くしないで』なんて言われちゃうと、ちょっとドキドキしてしまうな。

 いやいや、落ち着こうな、俺。


 でも待てよ……手段はあったな。それは召喚者がそのスキル自体を受け入れる事だ。

 それを試すしかないだろうな。


「じゃあ――あ、いや待った」


 物凄い怪訝けげんな顔をされたがまあちょっと待て。

 一つ試すべき行為があるんじゃないのか?

 だけどこれは人体実験だ。こちらで命を落とせば帰るだけだと説明したので、これからしようとする事は不思議に思うだろう。

 成功するとも限らない。可能性は低い。更に言えば成功しても俺には分からない。

 案外、とんでもない世界に飛ばしてしまうかもしれない。

 だけど――、


「ちょっと待っていてくれ。それとケーシュ」


「はいっ!」


 邪魔にならないように背後で待機していたケーシュが勢いよく立ち上がる。


「倉庫に行って、迷宮産のアイテムを二つ持ってきてくれ」


「畏まりました!」


 勢いよく出ていくケーシュを、二人はポカーンとしながら見送った。

 どうやら気が付いていなかったようだ。まあ気配を断つ訓練は受けている子だしな。

 しかしそうか……この子たちは召喚者として、まだそこまでは育ってなかったか。

 でも今更仕方がない。今のうちに、これからする事を説明しておいた方が良いだろう。


「いいかな?」


「あ、はい。大丈夫です」


「知っているかもしれないけど、自分から帰還を選択した人はいないんだ。まあ無理やり帰って貰った奴はいたけどね」


「……聞いています。本当にごめんなさい」


「いや、責めているわけじゃないんだ」


 また泣き出しそうになってしまった日黒真央ひぐろまおを慰めながら、俺はある提案をした。

 もしこれが正しいのなら――、


「君達には、今まで沢山世話になった。だからせめて、特別な方法で送りたい」


「特別な方法……ですか?」


「ああ。保証は出来ないけど、もしかしたら帰った時に何かの役に立つかもしれないからね」


 この子たちを召喚する前は、最初から出来ないと思っていた。

 でも今は、心が出来ると言っている。

 俺はあれから大した成長はしていない。彼らがまだ召喚者として成長しきれていないからだろうか?

 それとも……。

 そんな話をしている内に、ケーシュが二人分のアイテムを持ってきた。


「手ごろな品を持ってきたであります」


 そう言って机の上に置いたのは、両手用の大斧と、両刃の片手剣だった。両方とも美しい装飾が施されてって……おい。


「ぼ、僕達に何をさせようって言うんですか!?」


「わ、私無理です!」


 部屋に二人の悲鳴が響き渡る。

 うん、生粋の兵士であるケーシュに選ばせたのは失敗だった。

 そりゃ適当にって言えば武器を持ってくるよなぁ……。

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