第269話 あいつの入れ知恵か

 さてそんな訳でやってきました懐かしのイェルクリオ。

 いや、その表現は少しおかしいな。俺にとってはついさっきここに来た感じだ。

 だけどその間には、高校生から大学、そして研究員となり世界の滅びを前にしたまでの記憶がリアルタイムで存在する。何とも奇妙な感覚だ。


 取り敢えず今回は町の外までの距離を外した。

 いきなり中へという事も可能だが、それはやっちゃあダメだろう。


 出入り口は壁の一角にある超巨大なアーチ。

 ……ではあるが、まあ予想通り閉じている。さすがにこの世界だと、開けっ放しって事は無いか。

 だけど出入りはある。外の町に住む住民は、頻繁に出入りしているようだ。

 中には大量の丸太なんかもあり、それらを通すための小さな――とはいえ道路でいえば8車線くらいはある通路は開いていた。

 まあ、何かあったらすぐに閉じられるようになっているんだろうけど。


 皆顔見知りらしく、少し話しては入っていく。因みに出口は別。ここは入り口専門だ。

 人型で知恵のある怪物モンスターなんかはいないのだろうか? 警戒の緩さが逆に心配になる。

 なんてことを考えていたら、俺の番になった。


 余談だが、ここで怪物モンスター扱いされたら話がややこしくなるので、認識は全部そのままだ。

 今の俺は、何処から見ても普通の人だよ、うん。


 だが門番の表情がそうはいっていない。

 コンクリートの壁に鉄格子が入った窓の向こうにいるにもかかわらず、顔面蒼白になって悲鳴を上げる。失礼この上ない。

 周りにいる人達は意味不明といった感じだが、一応は距離を取り始めた。本当に失礼だ。


「なんか流れを止めるのも申し訳ないから、君たちはさっさと行くと良い。こっちは国の人間がもうじき迎えに来るから」


 そう言って、俺は一度門から離れた場所で待機する事にした。

 あの様子だと、ちゃんと俺の事は伝わっているらしい。だがこの反応とはね。平和な話し合いは何処へいった。

 ちょっと気分を害しながらも数時間待つと、女性ばかりの10人程の一団がやってきた。


 全員20代程か。サスペンダー程度のブラに、下はそれに繋がったショートパンツ。

 そして肩には薄いヴェールのようなマントを羽織っている。

 女性の露出が高いのは何処の国も共通だな。

 それに以前来た時からずっと頭の隅に入れていたが、全員肌の色は俺に近い。

 南方だから褐色とか黒人とか考えていたが、まだまだそこまでの緯度ではないという事だろうか。

 まあヒョウ柄とか鮮やかなピンクや緑の髪とか見ちゃうと、肌の色なんてどうでもいい話ではあるが。


「召喚者、クロノス様ですね」


 うん、間違いなく俺への使者だな。武器なども持っていない。案外、この服装はそれを証明するためか?

 一瞬過った考えを、男は? という疑問が消滅させた。


「ああ、ラーセットのクロノスだ。今回はこちらの対話を受けてもらい嬉しく思う。君たちは?」


「クロノス様のご案内を命じられた内務庁の物です。ただ今職員たちが支度しておりますので、先ずはこちらへどうぞ」


 うながされるがままに一緒に向かうが、幾つか疑問がある。


「門番の対応が予想外だったが、何も聞かされていなかったのか?」


「大変申し訳ありません。正直言って、クロノス様とマージサウルの件はこちらにも伝わっております。心の準備が出来ていなかったため、そのような反応をしてしまったのでしょう」


「今日来るとは聞いていなかったのか?」


「半年以内としか聞いておりませんでしたので、我々も少々驚いています。召喚者とはすごいものなのですね」


 まあこの距離だ。正確にいつ到着しますなんて決めるのは難しいんだろう。

 最初の使者が生きて到着する保証もないわけだし。

 ん? そういえばどうやって2ヵ月で話をまとめたんだろう? その辺りも聞いておけばよかったな。


「この程度の事はさほど難しくはないさ。それよりも、女性ばかりの出迎えとは驚いた。イェルクリオの流儀なのか?」


「えっ!? いけなかったのですか?」


 なんか心底驚いた表情をされた。

 声も裏返っているいるし、相当な驚きだ。


「いや、そんなことは無いよ。ただあの門番の反応を見てしまったからな。完全武装の衛兵たちが来ると思っただけだよ」


「でしたら良かったです」


 なんか心底安心した感じだ。というか、やはり彼女たちにも怖がられているな。

 マージサウルに対してはそのつもりだったが、こっちの国にもここまで影響が出るとは思わなかった。


「どうせ、衛兵など千人束になっても勝負にもならないでしょう? 街に大きな被害を出すだけです」


 間違ってはいないが、ちょっと後半は酷い言われようだ。

 もし戦闘になりそうなら、今回は素直に撤収するよ。


「それに女性――それに若い子が大好きで、そういったグループに案内させれば大人しいとアドバイスを頂いております」


 ……どうしてこの世界の人間は一言多いのかなぁ。


「本当はもっと若い方が良いとも聞いておりますが、さすがにいきなり学生に案内させるわけにも参りませんので」


 情報の出所はわかった。今度とっちめておこう。

 というか、彼女たちが俺を恐れている事もはっきりと分かったな。子供たちに近づけるわけにいかない――今は大人しいが、そういう凶悪な怪物モンスター扱いなのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る