第249話 あまり持ち上げられるとくすぐったいな

 実際に召喚をするといっても、じゃあ今すぐとはいかない。

 何をするにも、それなりに準備は必要だ。国家事業ともなれば尚更である。

 そこで俺は、それまでの間に問題点のおさらいをしていた。


 因みに場所はミーネルが用意してくれた召喚庁の執務室。

 瞼を閉じれば、あの時のミーネルのドヤ顔が浮かぶ。泣くなよ、俺。

 あの時は聖堂庁の少女たちが出向して仕事をしてくれていたが、今はケーシュとロフレが行っている。

 二人とも、狭き門を通って来ただけに優秀だ。大概の事務仕事は全部任せられる。

 そのおかげで、考えに集中出来た。


 今更だが、この世界は過去だ。非常識な話だがな。

 だけど、俺はラーセットに召喚されたものの、日本に帰る事になった。クロノスに負けてな。その時、確かに時間は止まっていた。なら互いの世界の時間は俺の常識に囚われてなどいない。

 となれば、こうして過去に戻る事だって有り得なくはないわけだ。


 いや、もしかしたら――、


「ケーシュ、ロフレ」


「「何でございましょう、クロノス様」」


 雑務中にもかかわらず、弾かれたように起立し直立不動のまま返事をする。

 いやいいから、そう言うのは。


「ここは軍務庁じゃないんだ。呼ばれた程度でそこまで反応する必要はない」


「了解いたしました」


「では失敬して」


 立つ時は一緒だが、戻る時は個性が出るな――じゃない。


「俺を召喚した時の話は聞いているか?」


「それはもう、伝説級の出来事でありますので」


「あれからまだ1年と3か月ほどだろう。伝説と呼ぶには最近過ぎるな」


「いえ、確かに今は大げさだとボクも思いますが、将来はそうなると思います」


「歴史の証人になれた事、心より光栄に思います!」


 ガタン! と椅子を倒して立ち上がるが、まあ良いから座れ。


「聞きたいのは、何を媒体にして俺を召喚したかと……そうだな、期間と犠牲者の数だ」


「ボク達の様な末端の人間は、その辺りの事は何一つ教えられていません。それでも良いんですか?」


「ああ、何でもいい。当時の状況と合わせて教えてくれ」


 これはもしかしたら、一番肝心なことかもしれない。

 基本的に、塔と時計によって召喚された人間は、2032年の5月28日からやってくる。それは全員同じだ。

 だが俺は何時から来た? それから13年後。世界があの怪物どもに蹂躙され、人類が亡びに瀕した時から来たんだ。

 なら、その時代から召喚すればいいんじゃないのか?


 それが可能なら話は早い。細かな説明は必要だろうが、こうして召喚と送還が出来る事。世界を滅ぼす奴らはこの世界にいる事。そして何より、それさえ倒せば地球の社会を再生できるかもしれない事を話せば、きっとかなりの人間は協力してくれるはずだ。

 それでも戦いたくない奴やスキルがダメな奴、それに人間的に問題のあるやつも召喚されて来るだろう。

 それに関しては――ああ、そうだ、今更だ。俺が責任を持って間引こう。

 もうためらう必要は無い。


怪物モンスター達が現れてから、1か月くらいは戦いました」


「ですが次第に劣勢になって、とうとう壁を突破されてしまったんです」


 1か月ほどか……イェルクリオの首都、ハスマタンに比べればかなり頑張ったんだな。

 まあ数が違うとはいえ、戦力も違うのだからここは素直に感心だ。


「だけど一度入られたらどうしようもなくって、抵抗できる場所に籠って戦ったんです」


「ボクの両親は、ボクを迷宮ダンジョンに避難させて戦いました。その時はまだ19でしたので。それに、戻った時にはもう……」


 避難先に迷宮ダンジョンか……酷い話だが、一応セーフゾーンには町もある。大人数は無理でも、少し位なら生き延びる可能性はあるのか。あまりにも低い確率だがな。

 まあどれだけ追い詰められていたのかは、来た時にすぐに分かったよ。


「その間に、召喚者をって話が軍の中でも囁かれていたのであります」


「そんな話が出るほどポピュラーな話だったのか?」


「ぼぴゅ?」


「ああっと、一般的な話だったのかって事だよ」


「召喚者は神話に登場する神様の様なものです。ボクも聞きましたけど、馬鹿な事を言っているな程度にしか思っていませんでした」


 この子は結構正直者だな。

 ある意味対人関係に苦労しそうだ。包み隠さずという点では、真実が何よりも欲しい俺にとってはありがたいけど。


「防衛隊はもうバラバラで、分散して戦っておりました。そこで聞いたのですが、3庁の長官とその親族は特別な場所へと退避したと聞かされました」


 退避か……。


「それを聞いてどう思ったんだ?」


「逃げる場所なんて無いのにって、みんなで笑っていたであります」


 この子もこの子で良い根性しているなー。


「だけど実際には、そうではなかったんですよね」


「ああ、彼等は全員生贄となる事を選んだ。大昔の文献なんていう、何の根拠もない物語にすがってな」


「でも、クロノス様は来てくださいました。そしてボクたちを救ってくださいました。この恩は、決して忘れません」

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