第241話 とにかく動くしかないな

「クロノス様、ご気分がすぐれないのでしょうか?」


 俺の長考を憂慮してか、ミーネルがうつむいていた俺を心配そうに覗き込んできた。

 思わず声を上げそうになったが、とにかく冷静になろう。

 それに、以前のように恋人のような態度もだめだ。俺にとっては今も変わらなくても、彼女にとってはもう過去の事なのだから。


 ――ああ、胃が痛い。


「大丈夫だ。気分に関しては問題無い。十分に休んだからな」


 これはまあ嘘だけどな。休む暇なんて欠片も無い。


「ただ、召喚するにしてもやはり多くの犠牲が出る。その点が気になってね」


「それに関しては気にしないでいただきたい」


 そう言ったのは軍務長官のユンス・ウェハ・ロケイスだ。


「こちらも同じです。以前の怪物モンスターの襲撃に続き、今回の他国の襲撃。もはや我々には、死を待つ重傷者を治す薬もないのです。これが、彼等からの陳情です」


 そう言って机の上にドサッと置かれたのは手紙の束だった。

 まだ複雑な言葉は読めないが、簡単な言葉なら分かる。だけどそんな事は必要無かった。

 手紙の多くは血が付着し、字も歪んで読めたものじゃない。それが文字よりも雄弁に現状を語っていたのだから。

 出来る事なら助けたい。俺は医者だし、今はスキルもある。だけど時間があまりにも足りない……だから――、


「召喚はする。だけど今回の事で分かったと思うが、強弱ははっきりと存在する。全ての召喚者が強いわけではなく、俺のような人間が特別なのだと理解して欲しい」


 その言葉に、3人がうなずく。


「だから当面の間、召喚者は現地の迷宮ダンジョン探索者から講習を受ける事を第一とする。その後は色々と働いてもらうが、仕事はあくまで迷宮ダンジョンでの素材やアイテム集め。それに、可能であればこの国を襲った怪物モンスターの痕跡探しだ」


「外の連中はどうします?」


 軍務庁長官であるユンスの言葉に、内務庁長官のゼルゼナがうなずく。彼らにとっては、確かにアレが直近の課題だ。この会議も、その対策がメインだ。


「俺が殲滅する。それと、この国を襲った連中が所属している国はわかっているか?」


「あれは西に400キロメートルほど先にあるロスターヌスという国の部隊です。規模としては都市2つとラーセットより大きいですが、大国や超大国と呼ばれる部類ではありません。しかし迷宮に恵まれており、数多くの武具やアイテムを算出する豊かな国でもあります」


「分かった。そこも俺が対処する」


「無茶です! もしクロノス様にもしもの事があれば、それこそこの国はおしまいです。それに留守を知られれば、他の国の特殊部隊が黙ってはいません!」


「その点は俺も考えていた。強大な力を行使すれば、それだけ相手が恐れてしまうだけだと。だからこちらからは手を出さなかったが、やはり意味は無かったな。抵抗しない限り、彼等は止まらない。そして彼らが俺を排除したいのは事実なんだろう。恩も恨みも長く続くようだしな。だけど、それで満足する保証はない。次は難癖をつけて、ラーセットを我が物にするだろう。連中も相当な予算をかけただろうからな」


 そうだ。外に部隊を展開する。それがこの世界では、どれほどの危険を伴う事か。

 それに特殊部隊を保有するのは一国だけじゃない。予算も労力も、相当に消費しているはずだ。

 だから一国ではなく、連合して負担を分担した。どうせ取り分も、もう決めてあるのだろう。そうはさせるものか。


「確かに言葉で言うほど簡単じゃない。だけど、このままではロンダピアザの復興もままならない。そうなれば、ラーセットは国家として自立できなくなる。もし君達が俺を害さないというのなら、結局は俺を呼んだことでこの国を滅亡させてしまう事になる。いや、俺を殺してももう同じことか」


 3人は沈黙してしまったが、俺は責めたわけじゃない。ラーセットの人間は、全員が被害者だ。


「だけど俺は、この国を救うために呼ばれた。その事に負い目を感じている人を、俺は治療中に沢山見た。君達も感じているだろう? だけど、そんな必要は無い。理由は少し事情があって話せないが、俺がここに来たかったんだ。あの青い怪物モンスターの親玉を倒す為にな」


「奴を知っているのですか?」


「それは初耳です」


「いったいどのような事情で?」


 そりゃまあ興味津々だろうけど、何処まで話して良いかが纏まらない。その件に関してはいずれとしか言いようが無いな。


「とにかく、先ずは外の連中を叩く。まだ確か緊急用の信号機はあったな?」


「ええ、ただ遠くで音を鳴らすだけの物であれば、まだまだ在庫はあります」


「なら俺の留守にまた連中が入り込んで来たらすぐに呼んでくれ。というか、俺が連中の指揮官なら、必ず俺が留守の間に部隊を送り込んでくるからな」


「分かりました。我らの命はクロノス様に頂いたようなものです。ご武運をお祈りいたします」


 軍務長官のユンスが挨拶をし、周りもそれに習う。

 これで会議は終了だ。

 後は実行するのみだ。

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