【 再びの炎 】

第238話 世界の厳しさは十分に知っていたはずなのにな

 地上までの距離を外し、いきなり外に飛び出る。これがあるから、やっぱりソロの方が気楽なんだよな。

 それなりに負担はあるが、これも制御アイテムのおかげだね。いやー、あるって便利。

 ……なんて、呑気に考えられたのは外に出た一瞬だけ。

 目の前に飛び込んできた景色は、幾筋も上がる黒煙だった。


 ――まさかまた奴らが来たのか?


 確かに怪物モンスターがラーセットを襲った話は聞いていたが、それは一度だけだと思っていた。

 勝手な思い込みは――いや、違う。

 確かに火の手は上がっているが、あの怪物モンスターたちの姿が見えない。これは嫌な予感しかしない。


 多少の負担は今更だ。そのまま内務庁の建物までの距離を外す。

 軍務庁、聖堂庁と違い、内務庁の建物は高層ビルではなく、2階建ての広い建物だ。

 基本的にお役所なので、国民の利便性を考えた結果らしい。

 ここに来たのは、一番派手に燃えていたからだ。


 中は予想通り火の海だった。熱さを含めた炎の影響も、呼吸の必要も外す。

 燃える調度品や書類、それに倒れている多くの人々。市民や職員、それに警備員。

 斬られていたり射抜かれていたり、死因は様々だが間違いなく人間の仕業だ。


「ケールさん、無事か!?」


 執務室に飛び込んだ俺だが、そこには職員が一人倒れていただけだった。

 腕を斬られているが、治療はしてある。安心はするが、なぜこんな所に?


「おい、大丈夫か? ケール長官は?」


「やはりこちらに来てしまったんですね。ケール長官の”最後の言葉”を伝えます。ここは囮だ。やつらの本命は聖堂庁だと」


 そういう事か。

 遠くからでも見えるように派手に燃やし、多くの人間を殺戮さつりくする。

 多分、生きている人間も大量にいるだろう。ここを放置することは出来ない。一刻も早い消化と救出が必要だ。

 そうしてこちらの耳目を集め、聖堂庁を狙う。

 考えてみれば当然だ。連中の目的は召喚者と召喚システム。それに呼び出せる人間の抹消なのだから。


「急いで向かう!」


 一度外へ飛んで彼をおいてから、俺は聖堂庁へと飛んだ。

 ここにはまだ沢山の人が残っている。炎と煙で苦しんでいる。怪我人もいる。

 それでも、俺はここを捨てなければいけない。未来のために。

 いつか誰かと、そんな話をした。

 以前も、似たような事をした。

 でも、今はそれを考えている余裕は無い。





 聖堂庁は高層ビルの一角。ほぼ最上階だ。

 移動と同時に、目の前に広がっていたのは惨劇だった。

 大量に転がる惨殺された死体。殆どが抵抗らしい抵抗をした形跡がない。皆、逃げるところを一方的にやられてのだろう。

 神官や信者たち……その中には、かつて肌を合わせた少女たちもいた。立派な神官になるためにここで修業をしながら働いていたんだ。

 それに――、


「……前橋まえはし……犬童けんどう


 転がっている二人の死体。


「クロノスさん……」


芳賀はがか! 何があった!?」


 血だまりの中に、芳賀はがが倒れていた。


「あいつら、いきなり襲い掛かって……来たんです。犬童けんどうが名前を聞いたんですが、いきなり剣で刺されて……慌てて前橋まえはしが刺したやつを押さえつけたんだけど、何人もが一斉に後ろからあいつを……」


「もうしゃべるな。大丈夫だ、今怪我を――」


 こんな時の為に薬は何本か……だがその時にはもう、芳賀はがもまた命尽きていた。

 何をやっているんだ俺は!

 以前の俺なら、何も考えずにスキルを使っていた。死を外してからゆっくり薬を使えばよかったじゃないか。前はちゃんと出来ただろ!?

 下手に医療知識を身に付けたから遅れたのか? 若い時ほど臨機応変に物事を考えられなくなったのか?

 どちらにしても、もう遅い……。


「まだあそこにもいたぞ!」


「あの髪は召喚者だ!」


「油断するな! 一斉に――」


 もう、こいつらの言葉さえ聞きたくなかった。

 全員オレンジや黄色いひげを蓄え、頭髪は無い。統一された武器や鎧じゃない所を見ると、あれは迷宮産だな。特殊部隊ってところか。

 俺は全員の命をこの世から外してから、そう分析した。

 だがのんびりと時間をかけるわけにはいかない。


 急ぎ奥まで進む。

 途中には幾つもの簡素なバリケードがあった。

 例の怪物モンスターの襲撃から教訓を受け配置したものだ。

 だが、守っていた人間は全員死んでいた。だけどただやられたわけじゃない。彼らの武器は普通の武器。鎧もまた一般品。そんな粗末な武器でも、何人かは倒している。

 抵抗は出来ているんだ。まだ間に合う!





 走った先に辿り着いたのは召喚の間へと続く最後の扉の前だった。

 扉は閉める事を最初からあきらめたのだろう、開きっぱなしだ。

 その代り、そこからは大量の長椅子や机がパズルのように組み合ったバリケードが生えていた。あれを撤去するのは並大抵の手段じゃ無理だ。

 しかもその隙間をぬって、中からクロスボウで応戦している。襲撃者たちはここまでに矢は使い切ったのか、攻めあぐねている様だ。

 でかした! よくぞ守り切ってくれた!

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