第237話 のんびりと迷宮にも潜っていられない

 更に3か月が経つと、経済封鎖の影響が出始めた。


「物資が足りません。特にビル建設の基礎に使う希少金属レアメタルがです」


 そう言ってきたのは、内務庁長官のケール・ライ・ライスだ。

 彼は職責通り、内政全般を仕切っている。まあ仕切っていると言っても、権力者という訳でもない。完全にお役所のトップという感じだ。

 国家の状態のせいなのか個人の資質か、あるいはその両方か。とにかく私欲と言うものとは無縁な人間で、そしてセクハラ、パワハラとは無縁。しかも超優秀と、まさに理想的な公僕と呼んで良さそうだ。


 時代の節目に傑出した人間が現れるというが、それは状況が人間を作るような気がする。

 そう言えば日本に怪物モンスターが現れた時も、みんな頑張ったな……。

 だけど、あれは防げるはずだ。そのための方法を……って話が逸れたな。


「そいつは迷宮ダンジョン内には無いのか?」


「ありますよ。というよりも、この世界の物は基本的には殆ど迷宮ダンジョン産ですから」


「なら物を見せてくれ。俺が探してこよう」


「よろしいのですか? 呼び出した我々が言うのも失礼とは思いますが、少し休んではいかがでしょうか? 最近、顔色もよろしくないようですし」


 ケールさんにそこまで心配をかけているとはね。

 彼は忙しくて、普段はあまり会っていない。それでも見透かされているのはお恥ずかしい限りだ。

 実はミーネルと破局した後、用意してくれた親族の少女たちもそれぞれ神官としての修行に戻った。


 別にミーネルと別れたから、意地悪でそうなったって訳じゃないぞ。ただ彼女らは皆神官の卵で、修行が本来の仕事だ。同時に聖堂庁は血縁で成っているので、より良い子孫は大歓迎。それで俺のお相手をしていてくれたわけだ。

 だけど召喚者は子孫を残せない。これは当然の成り行きだった。

 それでも俺が願えば何人かは残してくれただろう。だけど、ミーネルと別れながら『じゃあ代わりにこの子』とはいかなかったんだよ。


 我ながら、未練だなと思う。出会ってからそんなに長く付き合ったわけじゃない。

 でも、俺は本気で彼女を愛してしまったんだな……。


「クロノス様、大丈夫ですか?」


「あ、ああ。すまない。少し考え事をしてしまった。予定通り俺が行くが、何かあったらすぐに知らせてくれ」


 ――ただそうは言ってもきつい事には変わりは無い。スキルの使い過ぎは、確かに確実に心を蝕んでいく。強大過ぎる力を行使する代償みたいなものか。

 それでも使わずに1週間もゴロゴロしていると、だいぶ回復する。うん、実感できるほどに。

 まあ女性と肌を合わせると一瞬なんだけどな。

 ただ他の召喚者もそうかと言えば違う。人それぞれ、急速に回復する手段は別な様だ。


 ――これからは娼館を利用するか。


 この世界だと奴隷と言う手段もあるが、リスクがまるで釣り合わないからな。

 今の社会情勢では、絶対に狙われて心中する事になるわ。





 こうして俺は迷宮ダンジョンへと潜る事になった。

 なんか久々だ。

 今のダンジョンはいかにもな洞窟だが、細い芝生のような植物が足の踏み場もないほど生えている。

 昔歩いた苔に覆われたような迷宮ダンジョンに近いが、あれと違っていかにもな自然の香りが鼻を衝く。まるで外のようだ。

 ただ歩くたびに、大量の虫が飛び出してきてめんどい。しかもこいつらブワンブワンうるさい。まあそれだけだが。

 ただ、こんなにのどかに見えても警戒を怠ったら死だ。何が潜んでいるかわからない世界だからな。

 常に緊張感をもって歩かなければいけない分、こうやかましいのは疲れる。


 けれど、あの頃と違って今は制御アイテムがある。スキルの暴走は無いし、そもそもオフにする事が出来るのは便利。だけど、その切っている時が怖い。

 今回は一人で来たが、やはりもう何人か見張りや荷物持ちを連れてくればよかった。

 どうしてもいつもの癖で縦穴ショートカットしてしまうので、普通の人を連れてくるという発想が無かったのは失敗だった。

 というか、それをしないと何か月も彷徨さまよう事になるんだよな。


 もう少し……召喚者を増やすべきなんだろうか。

 毒を喰らえば皿までとは言うが、どうしてもそこまで割り切れない。

 だけど、このままじゃだめなのも分かってはいるんだ。

 そんな時、持たされていた緊急用のブザーが鳴った。

 確かに必要になったらと持ってきたが、ラーセットのような小国ではこんなものでも貴重だ。しかもこいつは使い捨て。よほどの事態だ。

 まだ何も見つかっていないが、こうなっては仕方がない。戻るしかないだろう。

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