第236話 俺は本気で愛していたんだ

「貴方がた召喚者には、スキルと言う特別な力が宿っています」


「スキル?」


「ゲームみたいだな」


「確かにわたくし達では、貴方がたに満足な報酬を差し出す事は出来ません。それに起きたら記憶も失ってしまいますし、何かを持ち帰る事も不可能です。ですがこの世界に滞在する期間だけは、可能な限りの便宜を図ります。どうかこの世界に滞在するかりそめの間だけ、わたくしどもに協力してはいただけないでしょうか?」


「「「どうかお願いいたします、召喚者様」」」


 部屋を囲んでいた神官たちが一斉に頭を下げる。もちろん、紛れ込んでいた俺も。

 彼らはどうしたらいいのか迷っているようだった。と言うか、何も分かっていないのだから当然か。

 だけど――、


「そのスキルって奴を教えてくれよ。そうしたら、アンタたちのいう事も少しは信じてやる」


「何か魔法みたいなものだろ? とにかくそれを見せてくれよ」


 先ずは一安心だ。全ての情報が嘘か真実か分からない状況で、一つが嘘だったらもうアウト。だが逆に、一つが真実であれば今までの話も真実ではないかと思ってしまう。

 まあいずれまた疑問が湧くだろうが、その時はその時だ。


 こうして三人は、スキルを得た。

 それぞれ「陶器修復」、「鷹の目」、「腹痛耐性」であった。

 つ、つかえねー……。

 だけど咲江さきえちゃんの例もある。スキルは使っていくうちに、強化されて性質が変わってくる。そして本人もまた、召喚者として強化されるんだ。

 後俺に出来る事は、彼等に可能な限り働いてもらう事。そして……せめてその死が平穏であるように祈る事だけだ。





 その夜は、新たに加わった三人の召喚者の為のパーティーが開かれた。

 確かに物資は少なくなるが、実際に経済封鎖などの影響が出るのはこれからだ。

 それに、実は死んでしまった数よりも農耕プラントの方が多く残ったため、食に関してはかなり豪華にもてなすことが出来た。


 そこまではまあ、良いんだ。

 だけどその夜、俺は予定通りミーネルに話していなかった召喚者の制約ルールを話した。

 実際、彼女らは召喚方法を知っていても、他の事は何も知らなかったんだ。召喚者は自力では帰れない事も、この世界の法則から外れてしまっている事も、そしてそれ故に年を取らない事も知らなかった。

 だからそれらは伝えてあった。新たな召喚者に話す内容を決めるのに必要だったから。


 だけどまだ話していなかった事を――話せずにいた事を話した。

 召喚者は、子孫を残せないという事だ。


 彼女は俺が今まで見た事が無いほど複雑な表情をした。

 そのまま大粒の涙を流すと、何も言わずに駆けて出て行った。

 俺は追えなかった。そんな事をしたってどうしようもない。引き留めようと思えばできたかもしれない。だけど、他の庁と違って聖堂庁は血縁が重視される。

 トップである神官長が子を残せない男と付き合う事を、世間の常識が許しはしなかったのだ。





 その後、俺は新たな召喚者である3人の高校生。前橋慎一まえばししんいち

 犬童満けんどうみちる芳賀仲吉はがなかよしの3人に迷宮ダンジョンを案内していた。

 彼等にいきなり人間と戦わせるわけにはいかない。というか、不可能だろう。

 俺の時は一刻も早く奈々ななたちの元へ行きたいという考えもあったが、心の一部は確実に壊れていた。もしセポナに出会わなかったら、俺はあの時――最後に戦った時の龍平りゅうへいのようになっていただろう。


 まあそんな訳で、迷宮ダンジョンで出会う怪物モンスターとの戦い方。

 集めるべきアイテム――これはまあ、今は何でも良い。一応現地人でそっち関連に詳しいという人や荷物持ちポーターも付け、探索の基本を学んでもらった。

 ここで手に入るのは武器や防具だけじゃない。薬はもちろんだが、通信機なんかも必須品だ。彼等には、そっちを担当してもらえばいい。人殺しは――俺の仕事だ。

 いずれはラーセットを襲った怪物モンスターの探索もしてもらいたいが、今の彼等で勝てるかは別問題。というか多分無理。

 先ずは装備を揃えながら、生き延びて貰いたい。少しでも長く……。





 こうして2か月半の講習が終わり、久々に俺達は地上に出た。

 事前に聞いていたように、まだ大きな動きは無いそうだ。まあ今までにラーセットが自力で掘りだしたアイテムには緊急用の発信機もあったからな。いざとなったら急いで戻るつもりだったが、何事も無くて安心だ。


 だけど俺は、一つ――だけど、とても大きな話を聞いた。

 ミーネルが結婚する事になった。相手は同じ聖堂庁に仕える司祭。伝統的な事で、互いの意志は関係無いらしい。

 相手は40代。小太りで左右に伸びたチョビ髭に紫色をした薄い髪の男。俺を見て緊張したのか、ずっとハンカチで汗を拭いていた。

 彼を紹介した時の彼女の顔を、俺は決して忘れない。

 寂しさ、悲しさ、口惜しさ……もう何て表現したら良いのか分からない。

 胸が締め付けられる思いだった。口の中が酸っぱくなって動悸が激しくなった。

 今すぐ叫びたくなった。

 だけど――どうにもならない。


「幸せにね、ミーネル」


 そう言った時の俺は、一体どんな表情をしていたのだろう。


「はい……」


 きっと、そう答えた彼女と同じような顔をしていたに違いない。そんな気がした。

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