第234話 結局召喚するしかないじゃないか

 新たな召喚者。それは間違いなくトラブルの元だ。

 せめて選べればいいんだけどな。引き籠りで友達もいない。人生詰んでいるような人間だけを召喚してスキルを与えれば、きっと喜んで――ムリダナ。そういった人間は、何処の世界に言っても文句しか言わない。


 だけど堂々巡りになるが、結局は人手が必要なんだ。

 なのに今回は戦争まで加わってしまった。召喚のハードルがうなぎのぼりだ。


『他国の人間と殺し合うために、人生捨てて来てください』


 先ず俺との殺し合いが始まるな、うん。

 いやマジでどうして選択肢がないの。希望者だけであれば、こんな苦労はしなくて済むのに。

 ……と思ったが、ちゃんと研究していたんだよな、帰る方法は。でもダメだっただけだ。


「どうにかならないものだろうか?」


「このままではラーセットはお終いです。とはいえ、クロノス様のおかげで目の前の危機を脱したのは事実です。今なら、国民にはまだ選択肢があります」


「俺を殺すという選択肢か?」


「我々は決して恩は忘れません。そのような事をするくらいなら、国民全てが喜んで命を捨てましょう」


 その辺の価値観は俺には分からないが、彼等は本気な事だけは分かる。


「ですが、その前に出来る事があるのなら試したいのです」


 もう覚悟を決めないといけない。すまない、若かった頃の俺。

 いつかどこかで必ず軌道修正はする。だけど今は、召喚者に頼るしかない。それが彼らの夢や生きがいを奪う事になったとしても、先ずはラーセットが無事でなければ始まらない。

 そうじゃなければ、結局は日本――そして世界は滅んでしまうのだから。





 数日後。俺は召喚の塔を囲む司教の中に紛れていた。

 余談だが、この世界の宗教は“イルネスの教え”と言う名前だそうだ。北で暴れた召喚者が来るよりもっと昔。かつての神話の時代。

 ずっと長い間怪物モンスターに怯えながら人類は地下のセーフゾーンで生きていた。

 そう、人もまた、迷宮ダンジョンの一部だったのだ。


 そこに現れたのが召喚者イルネス。彼――というから男なのだろうが、とにかくその人が人類を地上に連れ出した。

 その時から人類はこの星の異物となる代わりに、自由を手に入れた。

 だがその自由は危険で、過酷で、辛いものだった。それでも人類はイルネスの指示に従って壁を築き、その技術を使って高層ビルや近代的な街を作ったという。


 そんなミーネルの話を聞きながら、”おそらく一人ではないな”と感じていた。

 案外、イルネスは個人ではなく組織の名前かもしれない。そうでなければ、そんな途方もない事が出来るとは思えない。

 ただ――、


「そのわりには、北の人間は召喚者を厄災扱いだったが」


「宗派が違いますので」


 実に分かりやすい答えだった。

 どうも恩も仇も長続きする風習があるようだが、さすがにそこまで古くなると薄れるか。





 そんな事を考えているうちに、儀式が始まった。

 今更だが、以前俺が呼び出された場所ではない。新たに塔と時計が設置された、ある意味俺にとっては苦々しい場所だ。

 なぜここ塔を作り召喚の場にしたかといえば、助言を求められた時にここを選んだからだよ。シンプルで分かり易いな。その時から、もう心の中では分かっていたんだ。


 身も蓋もないが、口伝が伝わっている以上、ある程度の効率化は済んでいるとみて間違いない。

 あそこはあまり良くないのだろう。というか、俺を呼び出すために犠牲となった人達の死体が頭にこびりついている。これはもう、一生消えないのだろうな。

 とにかく、遺体の数を考えれば効率が悪すぎる。


 今回犠牲になるのは、怪物モンスターの襲撃で大怪我を負ったり家も家族も全てを失った者たちだ。

 医者として、また召喚者として多くの者を治療したが、俺一人で出来る数などたかが知れている。

 ましてや、動けない体になってしまった人たちの生きる希望なんてものはどうにもならない。


 せめてこの世界にあるあの便利な薬さえあればとも思うが、貧乏な小国であるラーセットにそんな便利なものが潤沢にあるわけもない。

 なんとなく自分の境遇にも重ねてしまう。


 だけどその便利な薬は、俺がこの世界に来た時にはそれなりに流通していた。

 焼き鳥を奢ってもらった時に色々な看板を見たが、今思えば薬屋もあったな。

 召喚者が来て、ラーセットは裕福になったと聞いた。それは単純に富を得たというだけの話ではない。

 迷宮産のアイテムは、彼らの生存にも大きく関わっていたのだろう。


 そんな事を考えている内に、塔が光り、時計の針がぐるぐると回り出した。

 儀式が始まったのだ。

 行っているのは、当然ながら、聖堂庁長官にして神官長のミーネルだ。

 他の子もたくさん用意してくれたが、俺は自然にミーネルと共に寝食を共にした。

 決して長い時間では無いし、俺の心の中にはまだ奈々なながいる。

 それどころか、こっちの世界に来て思い出してしまった。セポナやひたちさん、それに咲江さきえちゃん。更にはあろうことか、姉のように感じていた先輩とも色々としてしまった事を。


『お前は節操無しだ』


 ――ダークネスさんは出番まで出てこないでください。


 それでも、俺は自然と彼女と惹かれ合った。

 本当に節操無しと言われても仕方が無いが、愛していると堂々と言えるし、彼女もそれに応えてくれた。

 こんな酷い状態の中、とんでもない重責をかけられても、幸せを掴むことは出来るんだなと実感した。

 だけど、そんな彼女が今朝言ったんだ。


「クロノス様との子供なら、きっと歴代でも最高の神官長に成れますわ。男の子だったらどちらかの長官かしら。わたくし、幸せです。ラーセットがこんな時なのに、今人生で一番幸せなんです」


 俺には、その場で答える事が出来なかった。

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