第229話 俺達が世界の脅威とはね

 案内された場所は、まだ残っていた高層ビルの460階。

 今までは犯罪者として登っていたけど、こうして堂々と入るのは気分がいいものだ。

 何と言っても、後ろめたさがない。

 などというお気楽な気分は、辛気臭い会議により一発で吹っ飛んだ。


「召喚者を呼び出すことは、いにしえよりの約定により禁止となっているはずだ。ラーセットはそのような事も忘れたのか」


 そういったのは北方にあるという大国、マージサウルの使者だ。名前はよく覚えている。俺が暴れたどさくさに、この国を侵略しようとした国の一つだったな。

 グレーの長髪だが、黒の豹柄のような模様が入っている。染めたのでは無いとすれば、変わった人種だ。

 まあラーセットの人たちの髪や瞳も個性的な色合いだけどな。

 背は高く、髪は前後共にかなり長い。その長い前髪は真ん中分けして後ろに束ねている。

 背の割に体の線は細く、細目で団子鼻。決して美男子とは言い難いが、その分筋肉は凄い。

 歳は30を超えた位か。代表としては若いが、ここまで来るのだからこの辺りが限度だろう。


 到着した当時の様子を写真で見たが、全員ボロボロで酷い状態だった。

 確か南の大国イェルクリオよりも近くて、直線距離だと250キロメートルくらいだったと聞く。

 ただ大山脈に大河と障害物が多く、実際には相当に迂回しなければならないとミーネルが言っていた。それを聞いていなければ、単に嫌味を言いに来た程度なのだろうとあしらっていただろう。

 だが外の危険さは十分知っている。この使節団も、相当な数の犠牲者を出してここまでやって来たのだ。

 話くらいは聞いてやっても罰は当たらないよな。


 こちらの代表者は4人。

 最近軍務庁長官になったテス・ハン・マーカー。既に60を超え、いつお迎えが来てもおかしくはない。

 軍務庁は俺達の世界の様な階級制で、前軍務庁長官が無くなったのでお鉢が回ってきたわけだ。

 初めて出会った時に、いきなり「誰かと代わって欲しい……」と言われた辺り、やる気はゼロだとうかがえる。


 もう一つが内務庁長官のケール・ライ・ライス。まだ40代半ばと壮健だが、背は低く猫背、瓶底眼鏡に痩せた体と、大昔の漫画なんかに出て来そうな人だ。

 こちらも年功序列でこの地位に就いた。

 本人は就任式で、ぼそっと「死んでいれば良かった」と呟いたそうだ。この国のトップはやる気が皆無だな。そんなに政治は嫌か。


 両長官共に、アラブの人間を思わせるような白いふわっとしたトーブを纏っている。この世界の伝統的な礼装なのだろう。


 そして最後は聖堂庁長官のミーネル。

 服装は出会った時と同じ。金の装飾が施された白いビキニブラと紐パン。そしてネクタイの様に首に掛けた、床に付きそうな程に長い前垂れ。

 昔出会った痴女神官のヨルエナも凄い格好だったが、彼女は更に際どい。でもあれも伝統的な礼服らしい。所変わればと言うが、人によっては天国の様な世界だな。


 そう言えばあの時の神官長がヨルエナ・スー・アディン。

 彼女のフルネームはミーネル・スー・アディン。

 聖堂庁は、代々同じ血統の者が引き継ぐそうだ。ただ先代の近縁者は全員自害してしまったので、遠縁の彼女が引き継ぐ事になったという。

 他二人に対し、彼女は「これもまた使命ですから」と、やる気があるのか無いのかよく分からないコメントを残した。多分無いな。


 そしてなんで俺までいるかと言うと、やはり当事者だからという事だ。だがそれだけではい。わざわざ召喚庁なるものを新設してくれやがったのだ。

 立派なオフィスもミーネルがドヤ顔で用意してくれたが、召喚者は俺だけ。職員は聖堂庁から臨時派遣された少女たちと、正直機能しているとは言い難い。

 個人的に言えば、やるべきことや考える事は山ほどある。こんなことをしている暇はないのだ。


「えーその件に関しては、国家存亡の危機にある場合、聖堂庁の権限において召喚の儀を試しても良いとなっています」


 内務庁長官のケール・ライ・ライスが分厚い書物を開いて説明する――が、


「街の様子を見たが、国家存亡の危機とは見られないな。壁もしっかり残っているし、倒壊したビルも少ない。街は相当焼けた様だが、報告にある死者数も大した数ではないではないか」


 たしか死者は2千万人ほどだったか。人口の半分を超えている。よくもまあ大した数ではないなどといえるものだ。


「それは、クロノス様が重体の方々を治癒してくださったからです。そして街の主要建築物が無事なのもまた、クロノス様が怪物モンスターを撃退してくださったからです」


 ミーネルは毅然とした表情で反論する。あんなキリっとした顔も出来たんだ。

 まあ急遽代替わりしたとはいえ、一応トップだしな。


「だからその決断が早かったのではないかと言っているのだよ。存亡の危機と言うのなら、せめて人口が10万人は切ってから言うものだ。半減程度で国家存亡など笑わせる」


「ちょっと待て。そこまで減ったらもう国家存亡ではなく滅亡だろうが。一体どんな根拠でその数字を出した」


「召喚者か……化け物め」


 それは他の人間には聞こえないような小さな声だったが――、


「聞こえているぞ。言いたい事はハッキリ言え。そんな程度の人間でも、この世界の使者は務まるのか」


 それを挑発と取ったのか、今度はよりはっきりと、誰にも聞こえる声で言い放った。


「この世界には、人々を脅かす6つの脅威がある。その一つが貴様ら召喚者だ!」


 世界の脅威とは、随分と大きく出たものだ。

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