第227話 取敢えず撃退には成功したか

 気が付くと、俺はベッドの上にいた。

 こういう時、普通は病院のベッドだと相場が決まっている。

 だが何だ? 天井にあるのはハート形をしたライトが大量についたシャンデリア。

 そして右手に当たるムニュっとした感覚。そして左手に当たるムニュっとした感覚。

 ここ何? ベッド? いやそんな事はわかっているんだよ。問題なのは、絶対に病院じゃないって事だ。


 気が付けば、周りには10人余りの女性がいた。というか少女。


「あ、召喚者様がお気づきになられました」


「クロノス様よ、忘れたの?」


「そうだったわ。クロノス様。わたくし達の英雄、クロノス様よ」


「ああ、クロノス様!」


 一斉に全裸の少女たちが抱きついて来る。

 いやむぎゅむぎゅと気持ちいいが、窒息する。ちょっと落ち着いてくれ。

 間違いなく倒れてここに運び込まれたのだろうが、ここは何処だ? つか何だ?

 普通は倒れている人間をこんな風にはしないぞ。


「ああ、良かった。お目覚めになられたのですね」


 そう言って駆け寄って来たのは、食事を持って来たミーネルだった。

 テキパキと全裸の少女たちはベッドから退散し、台車付きの大きなテーブルがベッドにセットされた。

 こういう点だけは病院の様だ。まあ、あっちの場合は普通に設置されているわけだが。


 ただ置かれた料理を見て、声をかけるよりも先に「うっ」と思う。

 見た目だけなら、真っ赤なスープに星形のパン。それに茶色いお茶のような温かい飲み物だ。

 だがこの世界の料理は異様にすっぱ辛い。唐辛子をまぶした梅干を煮詰めたような味だと言えば良いだろうか。

 一度セポナに一般的な家庭料理と言われて食わされたが、もう二度と食べないと誓ったものだ。


 だが空腹に耐えかね食べる。うん、空腹を外そうか。

 いやいや、そんな事をしたらエネルギー切れで倒れてしまう。ここは普通に味覚を外せばいい。

 あの時もそうして、以後は互いの味覚の妥協点を探ったものだ。

 あの時? そういえば……一瞬名前が出たんだけどな。誰だったか。


「クロノス様は第9公共公園エリアでお倒れになっていました」


「地名を言われても分からないよ。それよりも、状況を教えてくれ」


「失礼しました。あまりにも普通にわたくしたちの言葉で会話していましたので、この世界の事も全て見通しているのかと思ってしまいました」


「俺は普通の人間だよ。それで?」


「スキルを使用するためのアイテムは壊れていたので新しくお出ししました」


 ん? 俺は全裸だが……と思って見渡すと、右脇腹の辺りに張り付いていた。

 取ろうと思えば簡単に取れるが、同じ様に簡単にくっつく。これは意外と便利だ。


 近くのテーブルには俺が持って来た時計と、最初に着ていた服か。スーツの上下にシャツと下着、それに白衣か。

 あれ? 俺は寝間着だったような気がするが……いや、合っているよな……なんだろう、まだ意識がおかしい。


「そしてここに運んだのですが、容態が良くならなくて。それで思い出したのです。クロノス様は……その……スキルを使って戻って来るたびに、獣の様に女性の体を求めてくると……」


 やめてそんなド変態みたいに言うの。事実だけど。


「そこで、わたくしが行ったのですが、お恥ずかしながら体力の限界で……そこで親族の神官見習いを急遽集めました。ただ多くはクロノス様を召喚する為に――今はいませんので、若い子ばかりになってしまいましたが」


 俺のその底無しの精力は何なの?

 言われてみれば若い娘ばかりだ。いやまあ、サイズなら問題無いだろう。みんなセポナよりも大きいしな……あれ?


「どうかなさいましたか? まだお疲れでしたら、無理はなさらないで下さい。それとも、もっと多くの少女をご用意いたしましょうか?」


「いや、いい。それよりも、今は何年かな?」


「大月歴の133年でございます」


 聞いた俺が馬鹿だった。何にも分からねぇ。

 だけど分かった事も山もりだ。だがなぜだ? 朦朧としていたからか?

 あれが召喚されたばかりで、何の抵抗も出来ない状態って奴なのだろうか?

 などと過去形にしても仕方ないな、まだ続いているんだし。それにしても長い。何か失敗している?

 いや――多分まだ誰も召喚と言うものに慣れていないんだ。特に召喚する方が。


「クロノス様?」


「大丈夫だよ。それより怪物モンスターは?」


 それまで心配そうだったミーネルの顔が、ぱぁっと明るくなる。


「はい、全て死滅していました。全部です。付近の探索も行いましたが、死骸しか見つからなかったそうです。やったんですよ、クロノス様。全て……全て クロノス様のおかげです」


 一転、泣き出してしまった。

 だけどこれはうれし涙だな。食事のテーブルが邪魔じゃなければ、そのまま抱きしめているところだ。この不味い料理が恨めしい。

 しかし――クロノスと名乗ってしまったのか。

 最初は朦朧としてよく分からなかったが、今は分かってきた。これは、今のこの世界に召喚された時、必ず起こる、避けられない事例なのだろう。

 それにしても、ラーセットの危機か……。


「ユーノスやエザメルト、リーフォンって国は残っているか?」


「……本当に何でもお見通しなように感じます。ですが残念ながら、何処も滅んだ国の名前です。と言うより、ご存じだったのですよね?」


「ああ、確認だ。でもまあ、とりあえずしようか」


 そう言ってテーブルを外し、ミーネルの手を引き抱きしめる。

 ただのスケベ心と現実逃避だが、これからの事を考えたら今くらいは許されるだろう。

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