【 燃えるラーセット 】

第223話 名前といったらクロノスだろう

「……様。……者様。……か……どうか……」


 なんだ……? 何処からか声がする。

 様? 変な夢でも見ているのだろうか?

 今まで俺を様付けで読んだのは、銀行員か宅配の人か……まあお医者様とかも呼ばれたっけ。

 ああ、後はひたちさんがそう呼んでいたな。


 ……ひたちさん!?


 意識が覚醒する。ここは――何処だ?

 ダメだ。まるで微睡まどろみの中にいるようで、まるで頭が働かない。


「ああ、召喚者様。本当にご降臨成されたのですね。母上、皆様……伝承は真実でした」


 跪き、泣きながら天を仰ぐ女性がいる。

 金髪で、齢は20代前半ってところか。ただそれにしても――金の飾りのついた白いビキニブラに、同じく金飾りのついた白い紐パン。首から下げた異様に長いネクタイのような帯が中心の僅かな部分を隠してはいるが、ほぼ全裸じゃないか。

 しかも何だこの乳は。かなりでかく、ささやかなビキニから完全にはみ出ている。

 なのになぜだろうか? 何処か神聖な空気を醸しだしている。

 これは本人から発せられているのか、それとも神殿を思わせるような、この翡翠色の部屋と神秘的な明かりがそうさせているのだろうか?


「召喚者様、どうかわたくし達を、この世界をお救いください」


 意味が分からない。

 俺はずっと研究に明け暮れて……そうだ、それで寝て目覚ましが鳴ったから目を覚まして……。

 左手に持っている時計。そうだ、目覚ましを止めたんだった。いや、単なる時計じゃない。俺の命よりも大切な品だ。だけど――何だったか?


「し、失礼しました。わたくしはここの大神官、名はミーネル・スー・アディンと申します。あの、召喚者様のお名前は?」


 名前? そうだ、名前ってなんだ? 俺の名前? あれ? そういえば、アディンってどっかで聞いたことがあるな……。


「お願いです。大切な事なのです。どうかお名前をお教えください」


 名前……名前……そうだ、一つ思い出した。


「名前と言ったらクロノスだろう」


 なぜそう言ったのかは、自分でもよく分からない。


「それではクロノス様。ただ今より、スキルの儀を執り行います。どうかお心を静かに保ってください。わ、わたくしも初めてですが、頑張ります!」


 いや、そんな逆に不安になる説明要らないから。それにしてもスキル? まるでゲームだな。

 そんな事を考えていると、俺と彼女との間に光の膜が現れる。

 その中に、何かが見える。あれは……板か?

 空間を漂うように回転している虹色の板。金属のような質感で、大きさは名刺くらいだろうか。

 自然と、まるで命じられるようにそれを掴む。

 俺と彼女の距離は20センチ程度の、息がかかるような至近距離。

 しかも俺は頭がぼんやりして座ったまま。彼女は跪いたまま。なのに、手を限界まで伸ばしてようやく掴むことが出来た。

 その瞬間、様々な知識が流れ込んで来る。何かが聞こえるような、そうではないような。

 これは声と言うのだろうか? それとも情報が頭に直接入って来ているのか?

 ほとんどは理解出来ない雑多で整理できない情報だが、その中に確かにあった。スキルと言う名の力。その使い方が。


「クロノス様のスキルは……あれ? 無い……」


「いきなり不安な事を言うな。あるよ!」


「わ、分かりました。次元変異です。多分、うん」


「次元変異?」


「空間を歪ませたり、肉体や精神を別の空間に送るスキルと文献にあります。ただ記録が少なくて詳細が分かりません。ただ非常に強力な分、扱いには細心の注意を払ってください」


「あ、ああ……」


 細心の注意と言われても全く分からないぞ。


「ですが、今はスキルに慣れて頂けるほどの時間がありません。どうかお願いです。この国をお救いください。その為なら、どんなことでも致します。必要であれば、この命も捧げます。ですから――」


 すがりついてくるが、近い――と言うか近すぎる。乳が当たる。当たっている!


「分かったから、その前にこの板が何なのか教えてくれ」


「し、失礼しました。それはスキルを制御するアイテムです。それ無しでスキルを使い続けると、精神が崩壊すると言われています」


 やはりか……。

 先程頭の中に流れて来た情報に、確かにその説明があった。どうやら彼女が言っている事に嘘はない様だ。

 大元おおもとの情報自体の信憑性は分からないがな。


「また、この世に同じものは決して存在できません。ただ壊れたりしてその機能を失った場合、再びこの世界に呼び戻すことは可能です」


「つまり、壊しても良いが無くしちゃいけないって事か」


「はい、その通りです」


 話が通じた事が嬉しいのか、まるで花が咲いたかのようにぱあっと明るい笑顔を見せた。

 体ばかり見ていたが、こうしてみると随分可愛らしい女性だな。


「それで、させたい事ってのは何だ?」


「はい、改めて申します。どうかこの国を――ラーセットをお救いください」


 目の前の美女が、またもや泣きながらすがりついてきた。

 取り敢えず、早速スキルを使おう。

 場にそぐわずに沸き上がった情欲をポイだ。

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