第224話 こっちでも出会う事になるとはね

「とにかく落ち着いてくれ」


 すがりつく彼女――ミーネルを剥がすと、彼女も使命を思い出したようだ。


「最早この国は滅びようとしています。ですが、召喚者様のお力さえあればもしかしたらと、みんな……」


 みんなといわれても、この広い神殿のような場所には二人っきりだ。

 それにラーセットとかを救えと言われても意味が分からない。外はどうなっているんだろう?


「とにかく外へ出よう。その――滅ぶ何たらの状況を見てみたい」


「畏まりした。でも、決して驚かないで下さいね」


 それがどちらの意味であったのか……そういえば聞きそびれたな……。





 外に出ると、その先はかなり広い円形の広間だった。

 中と同じような翡翠色のタイル。そして天井を覆うドーム。

 今までいた場所は塔の中のような感じだったので、どうやら肉まんの中心に箸を逆向きに挿したような形状の建物なのだろう。

 しかし、俺としてはそれどころではなかった。


 見渡す限りの人、人、人……だが全て死んでいる。

 ある者は刃物で喉を貫き、ある者の横には瓶が転がり、またある者たちは互いに刃物でさし合って倒れている。


「これは――なんだ!?」


「召喚者様をお呼びするには、他に方法が無いのです。3庁の長官とその親族、それに有志の方々が、命を捧げてくださいました。もう本当に、一刻の猶予も無いのです」


 彼女の声に急かされたのか、俺の何かがそうさせたのかは分からない。

 だが走っていた。扉に向かって。そして開く――。


 飛び込んできたのは熱風。視界に広がるのは、ただ一面の赤と黒。見える全ての世界が、炎に包まれていた。

 煙に霞んで、巨大な……まるで天を衝くような高層ビルが見える。

 それに、そのビルに負けないほどの巨大な壁も。

 その中に、蠢くものがある。それは人であったり、鹿や猪などの動物であったり、見た事もない――5メートルはある様な大蜘蛛など様々だ。だが全部、背中から青白い上半身が生えている。


 これは世界中を襲ったあの怪物……いや――頭が痛む。ズキズキとではなくズキンズキンと鼓動を打つように。

 俺はこいつらを知っている。ここだけじゃない。日本を――世界を襲い、イェルクリオ

 をも襲い、多くの人々を殺したやつらだ。

 いや……イェルクリオ? それは何処だっけ?


 だが猶予はない。こちらに気が付いたのか、連中が一斉に向かってくる。

 そうだ、こいつらは生き物に反応する。生物を殺すためだけに生まれた怪物モンスターたちだ。

 日本ではどうにもならなかった。だけど今は、体が教えてくれる。正確には、このスキルを制御するアイテムか。


「召喚者様!」


「クロノスだ」


 ――多分な。それしか名前らしい言葉が思いつかなかったのだから、まあそうなんだろう。


 武器は無い。だが必要もない。このスキルがあれば十分だ。

 奴等が触れると同時に、存在を外す。本当は触れさせる必要もなかったが、この辺りはやってみないと判らないものだな。

 存在を外された連中は、まるで命が無かったかのように動かなくなり、バタバタと倒れていく。

 範囲を広げる。10メートル――30メートル……。大体50メートルほどで効果が届かなくなったことをアイテムが教えてくれる。

 見える範囲の街の広さを考えると心もとないが、それでも行くしかないだろう。


 巻き起こる炎を外し、火を消しながら進む。

 範囲に入った怪物モンスターは糸の切れた人形のように倒れていく。

 行ける! 行ける! 行ける! これなら幾らでも倒せそうだ! そうだ、倒すんだ。殺すんだ。滅ぼすんだ。

 どうしてこいつらを見ているだけで、こんなにも怒りが湧いて来るのだろうか?

 世界を破滅させたからか? いや、二人のいない世界に興味なんて無かった。

 二人? 誰と誰だ?


「クロノス様! まだ不安定です!」


 背中からいきなりミーネルに抱きつかれる。

 むにゅっとした柔らかな感触。意識が100パーセントそちらに向き、思考の一切が止まる。スキルも。

 急速に頭が冷えてくる。今のは一体何だったんだ? 何か……誰かを思い出しそうな気がしたが。

 だがそんな事を考える間もなく、ミーネルがたたみかけてきた。


「いきなりそんなスキルの使い方をしてはダメです! いいですか、文献によると、スキルの連続仕様には制限があって、それを過ぎてしまうと――」


 ――が、全てを言わせず、抱きしめた。


「え、あ、な、なにを……」


「こうした方が、早く収まるんだよ」


「お、お、お、お、収まるって、な、な、なにがですかー!」


 硬直したまま顔を真っ赤にして抗議している。

 うん、処女だな。

 っていやいや、実際かなり落ち着いてきた。どうしてそんな事を知っているのかは分からないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る