第221話 あの時間はもう戻らないんだ

 今日は待ちに待ったゲームの発売日。もっとも、そんなものに興味はないんだけどね。

 というか、龍平りゅうへいまで並んでいることが驚きだ。 


「それで? 何でお前まで並んでいるんだ?」


「いや、それはこっちのセリフだ。俺は通販の抽選に外れただけだが、龍平お前ならどうとでもなるだろう」


「そんな手段で手に入れたものを、彼女は喜んでくれるかな」


「……そうだな」


 いや多分喜ぶけどね。入手方法が犯罪とかじゃない限り。

 でもまあ、ここまでしている龍平りゅうへいにそれを言うのは無粋というものだろう。


 今日は”永劫のクロノス”というゲームの発売日。正しくはリメイクだ。

 オーソドックスな二人対戦の格闘ゲームで、当時は結構人気があった。大会なんかも開かれて、地方大会ではあったが瑞樹みずき先輩が優勝していたと聞いた時は驚いたものだ。

 当時はずっと、ゲームとかとは無縁と思っていたからな。

 まさか高校であんな部活に入っていたとは……。


 まあ話が脱線してしまったな。

 今日発売するのは、あの時先輩が優勝したゲームのリメイク作だ。

 まあそこそこ人気だったが普通に通販で買えるだろう――と思っていたが、何と言うか油断した。

 続編人気が思ったよりも凄かった上に、リメイク版初回特典に付いて来る時計のメーカーが先月ブレイクして、余波がこんな所まで流れてきたという次第だ。


 時計は時間、分、秒を現す3つの針で時間を示すアナログ式。

 一見するとゲーム要素の欠片もないおしゃれな時計だが、中心に”永劫のクロノス”を示すシンボルが付いている。

 もっとも、本格的に人気の出た2作目から作られたシンボルマークだ。先輩は知らないだろうな。


 開店と同時に列はスムーズに流れ、俺達は無事初回限定盤を入手した。

 後は墓前に届けるだけではあるのだが、


「さて、後は墓前に供えるだけだな。いや、きちんと一緒に埋葬した方がいいか」


「それ誰に許可を取るつもりだ」


「和尚に言えば一つくらいは入れてくれるだろう。箱から出せば、それ程場所も取らんしな」


「多分凄く嫌がるぞ、それ」


 買ったはいいが、さてどうしようかと龍平りゅうへいに相談する羽目になった。

 彼女たちの親族は連絡が取れず、離婚した母親も所在不明。

 父親は……葬式から一週間後、自宅で首を吊って自害した。遺書も無かったそうだ。

 ちなみに墓の檀家代は龍平りゅうへいが払っている。本当に頭が上がらないな。





 結局は寺で住職と相談するという事にして、俺達は墓参りの前に久々の故郷をぶらぶらとした。

 俺と奈々ななが出会ったアパートは老朽化のため解体され、今は新しいアパートが建っている。


「ここはもう、思い出も何も無いな」


「一軒家なら買い取って残したんだがな。口惜しい」


 金持ちはいう事が違うわー。


 実際、龍平りゅうへいが俺たちとちょくちょく遊ぶようになってから1年も経っていない。

 俺の家には時々来ていたが、奈々ななたちの部屋に入ったのは数回ほどだ。

 思い出としても、コストパフォーマンスが悪すぎるだろう。


 だけど、そんな数少ない思い出が色褪せる事は無い。今もこの目に全てが焼きついている。

 どんな時でも、必ず隣に座っていた奈々なな。そんな俺たちを見守っていてくれた先輩。馬鹿話から学問、政治の話まで、話題の豊富な龍平りゅうへい。本当に、楽しい時間だった。


 そのまま昼食も取らずに、俺たちは学校まで歩いた。

 嫉妬の目など気にもせず、奈々ななは俺と腕を組みながら登校した。

 必ず先輩が後ろにいて、龍平りゅうへいとよく話していたっけ……あれ?


「なあ龍平りゅうへい、お前何で俺達と登校していたんだっけ?」


「そんな事も忘れたのか。研究だけで頭がいっぱいになったのか? ならゆるしておこう。家が遠かったから、近くにマンションを買ったんだよ」


 あー、そんな話を聞いた気がする。

 でも実家とそれ程には離れていなかったと聞いていたからな。随分と思い切った事をするなー程度に聞き流していたわ。


 そのまま高校についたが、入るつもりはなかった。許可を取るのが面倒だってわけじゃない。ただこれ以上、思い出に足を踏み入れたくなかったんだ。


 入学式の高揚感。同じクラスになった喜び。新しい環境でも変わらない俺たちの関係と、やはり変わらない嫉妬の嵐。

 だけど――、


「高校生になってから俺の周りが大人しくなったが、お前が手を回してくれたんだろ」


「そんな面倒くさい事はしない。ただ俺の関係者に手を出せる程の愚か者がいなかっただけだ」


「へいへい。だけど感謝しているよ」


 こうして1ヵ月とちょっと。そう、たったそれだけの高校生活。

 でも、そのちょっとだけが毎日華やかで、希望と幸福に彩られ、何よりも、何時よりも輝いていた。


奈々なな……」


 溢れそうになる涙をこらえながら、俺たちは次の目的地に向かう。

 奈々ななと先輩、そしてそのお父さんが眠る場所へ。

 だけど、それは果たされなかった。これからも、もう果たされることは無いだろう。

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