第220話 意外なところで会うものだ

「落ち着いたか?」


「ああ、すまない。俺は全然ダメだな。冷静なお前が羨ましいよ」


「俺が冷静なわけがないだろう……ただどうしたら良いのか分からないだけだ。それで、お前はこれからどうするんだ?」


 龍平りゅうへいとしてはさほど深い意味があって聞いたわけではなかったのだろうが――、


「ああ、医者になる事にするよ」


「また急だな」


「あれから考えたんだけどな、やっぱり納得できないんだよ。どうして奈々ななたちが死ななきゃいけなかったんだ? 何で世界中で、こんなにも大勢の人が死んだんだ? どうしてもそれを知りたいんだ」


「お前が医者になる前に、誰かが原因を究明しているさ」


「他人を信じて何もしないなんて、俺には出来ないな」


 そうだ。このまま誰も原因を知らないまま――そして俺も知らないまま、そんな状態で一生を終えるなんてできない。それに判明したならそれはそれで良いじゃないか。予防のために、少しでも俺に出来る事は残っているはずだ。


「ふむ、無理だな」


 だけどそんな決意を龍平りゅうへいに鼻で笑われた。


「いや、成績は十分だよ。まあ油断すればすぐ落ちるけどな。だけど俺は油断しないよ」


「そうじゃない。お前、金はどうするんだ? 医者になるのに幾らかかるか分かっているのか?」


「今のバイトだけじゃ無理だろうな。だけど奨学金って手があるさ」


「馬鹿かお前は。お前は研究者になりたいんだろう? そんな人間がこれからバイト三昧をして、更に大学出てからも返済に追われる事になる。研究どころじゃない。何年無駄にするつもりだ」


「……他に手は無いんだよ」


「一つあるさ。俺が貸してやる」


「いや、そこまで世話になるわけにも」


「当然条件はあるさ。今回の不審死事件を絶対に解明する事だ。そのための投資だと思えばいい。それに、いつか返してもらう事に変わりはない」


「しかし、お前が言ったように安くはないぞ」


「お前にとっては一生を左右するような額だろうさ。だが俺からすれば、自分の裁量で動かせる程度の額だ」


「うわー、すげー嫌味ったらしい」


「事実だ。それに……そうだな、お前だけには見せておこう」


「ん? 何かあるのか?」


 返事も無しにいきなり脱ぎだした龍平りゅうへいにも驚いたが、俺が本当に驚いたのはその後だった。

 パジャマを脱いだ龍平の左右の肩から両脇にかけて、鋭い傷が一直線に通っていた。


「背中側にもこの傷がある。スキャンを取ったが、中もだ。医者が言うには、間違いなく致命傷だって話だよ。だが血管や神経は普通に繋がっている。ふざけた話だ。奇跡だと言われたが、その一言で済む問題なのか?」


「そりゃそうだろうな。参考までに聞くが、似た症例の人間はいるのか?」


「いや、聞いた限りは無いな。隠しているのかもしれないが、その必要があるとは思えん」


 確かにそうだ。金持ちだから特別優遇されているのかと思っていたが、そうではなく特殊な症例だったからか。

 しかし見た限り、傷は肩からあばらを裂き、肺も斬っている。

 なら間違いなく、この両腕は切断されたって事だ。そしてまた繋いだ?

 狂気の所業過ぎて、理由など想像もつかない。


「だがまあ、それで生きているんだから確かに奇跡だろう。それとも怪物にでもなったか」


 そう冗談を言った俺の頭の中を、何かがチクリと刺したような気がした。


「一応、こいつの原因も調べてくれ」


「お前の担当医になったらな」





 その日別れた俺達は、それぞれ別の道を進んだ。

 結局龍平はこちらの高校に転入し、俺は今まで通りの高校を卒業した。

 最初だけではなく周年ごとに騒がれ色々煩わしかったが、俺にとっては関係ない事だ。

 そうして予定通り卒業し、大学は一発で合格。その後は大学院へと進み、そのツテでとある製薬会社に入社した。

 例の怪死事件を重点的に扱っている企業だ。

 もちろん志願していたが、実際に入社できた影には龍平りゅうへいが浮かぶ。有難い事だ。





 こうして時は流れ、俺は気が付けば29歳になっていた。

 もちろん、何の成果も出ていない。収穫ゼロだ。だが世界中が同じ状況だ。あの事件の謎は、未だに欠片すら解明されていない。

 それでも、今でも当時の事件は風化していない。それ程の大事件だったんだ。


 そんなこんなで忙しい日々が続いていたが、俺はある日、とあるゲームショップに並んでいた。

 今更昭和かよと言われそうだが、通販は全滅していたんだから仕方がない。

 どうしても、欲しいゲームがあったんだ。正確に言えば、その特典だな。正直ゲームは知らん。


「よう、敬一けいいち。何でお前が並んでいるんだよ」


 ん? 聞き覚えのある声ではあるが、なんだかおかしいぞ?

 振り向くと、2つ先に凄いデブがいた。

 身長は俺とそんなに変わらないのだが、俺の見立てでは体重は147キログラム。

 ゲーム屋に並ぶにはあまりにも不釣り合いなスーツに高級眼鏡をかけたその姿は――、


「すまないが、相撲取りに知り合いはいないんだ」


「冗談にしては笑えないぞ。誰の世話になっていると思っている」


「分かっているって。感謝しているさ」


 暫く合わないうちに外見は随分変わってしまったが、俺が龍平りゅうへいを見間違えるわけがない。

 あの日以来、ますます人付き合いが悪くなった俺と普通に接してくる数少ない親友だからな。

 まあ、今は正しくはパトロンだが。借金はまだ返し終わってはおりません。ハイ。

 それどころか、私的な研究費によって借金は膨らむ一方です。だけど、会社の研究だけじゃまるで足りないんだからしょうがない。

 いや実際、あそこでバイトと奨学金の返済に明け暮れていたら、俺は何も出来なかったと思う。


「それで? 何でお前まで並んでいるんだ?」


 などと龍平りゅうへいが尋ねてきたが、それは聞く方が逆じゃないか?

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