第216話 貴方は誰なの

 かなり急ぎだったが――というよりもいつになく瑞樹みずきが張り切ったからだが、瑞樹みずきやひたち、セポナらの女性陣は無事クロノス一行に合流した。

 ここまでの案内は、かつて瑞樹みずきと同じチームであった須田亜美すだあみ岸根百合きしねゆりが担当した。

 木谷きたにの配慮によるものだ。


「おねえちゃん!」


 到着を聞いた奈々ななは、嬉々として天幕付きの馬車から出て瑞樹みずきに抱きついた。

 初見のセポナは、実際に聞いた通り、二人がそっくりな事に驚いた。

 まあ似た姉妹はいるが、同時に何か違う。同じなのに、100パーセント完璧に見分ける自信がある。それ程に強い違和感があった。


瑞樹みずき久しぶり、元気してた?」


「フランソワ教官、お久しぶりです」


「隊列は止められないから、話すなら歩きながらにするように」


 出会って早々に叱られたが、逆に変わっていなくて安心した。

 小柄だが、強く厳しい。だけど面倒見のいい教官だと知っている。

 というより、教官は多かれ少なかれ、みな面倒見が良い……ただし、戦闘以外ではだが。


「了解です」


 こうして、ぞろぞろと隊列に加わって話しながら進むことになった。

 周囲にいるのは他には全身紫色のミイラのような一ツ橋健哉ひとつばしけんや教官。

 荒木あらき教官と三浦みうら教官、それに案内してくれた須田すだ岸根きしねの姿もない。

 教官も召喚者もそれぞれの任務があって動いているのだろうが、思ったよりも警備が緩い。

 だけどそれも、龍平りゅうへいが大勢殺したのだと考えると、瑞樹みずきは胸が締め付けられる思いだった。





 ひたちは警備の状況から、奈々ななを連れ出すことは不可能だと見ていた。

 事が終わって敬一けいいちが合流してからなら可能かもしれないが、見ただけで教官組が二人。それに馬車の中にもう一人気配がある。情報にあった栗森剛くりもりごうだろう。

 これに奈々ななが抵抗したら、もうどうしようもない。

 まだ神罰のスキルを見たことは無いが、ここまで作戦の要になっているのだ。迂闊な事をすれば、それだけで全滅させられる可能性がある。


 それに、最大の懸念は他に気配がない事だ。認識阻害があるにせよ、クロノスの気配を感じない。

 完全に消している? だがそんな事をする意味は?

 ひたちとしては、嫌な予感しかしなかった。





 他愛のない姉妹の話。そんな会話をしながら、瑞樹みずきはセポナとはまた全く違った違和感の中にあった。

 自分がロンダピアザを離れた事や、その理由を奈々ななは知っているはず――というよりも、知っていて当然だと思っていた。

 今は栗森くりもり先輩と付き合っている事は知っているが、それでも姉がかつての恋人と一緒に暮らしている事が気にならないのだろうか?


「ねえ奈々なな敬一けいいち君はハスマタンで戦っているのよね。無事だといいけど……心配にならない?」


「あの男の事? どうでも良いじゃない。ハスマタンは私のスキルで一掃するの。そうクロノス様がお命じになって、ごう様も賛成しているの。それだけで十分よ」


 いつもと変わらない奈々ななの声、しぐさ、表情。

 だけど違う。奈々なな敬一けいいち君の事をこうも簡単に無視できるものなのだろうか?


「ねえ、どうして指輪を小指にはめているの?」


「気分よ。どうして? 意味なんて無いでしょ?」


 ――ここでスキルを使う事は、敵対行為になるかもしれない。


 それが危険な賭けだとは、自分でも分かっている。

 でも確かめずにはいられない。


 ――広域探査エリアサーチ――奈々なな


 ……周辺に、奈々ななはいなかった。

 恐怖で体が震える。唇は紫色になっているだろう。

 だけど、こう言うしかなかった。他に言葉は選べなかった。


「ねえ……貴方は誰なの?」


「私は私だよ、変なの。それじゃあ子供の頃の話をしよっか。お姉ちゃんが、初めて友達を家に連れてきた日の事? それとも10歳の誕生日に、河原で犬に追いかけられた時の話なんかはどお?


 いつもと変わらない奈々なな。こちらに来る前の事も知っている奈々なな

 敬一けいいち君も広域探査エリアサーチで探知できなかった。なら奈々ななもそうなの? 本当にそれだけ?


「じゃあ、奈々なな敬一けいいち君と正式に交際するっていった日の事は?」


「んー、あれは気の迷いっていうか、自然の成り行きというか。だって私達だけの世界で生きていたじゃない。だから他の事なんて知らなかったの。でも今は違う。本当の愛を見つけたの。これって、凄く素敵な事なのよ」


「そ、そうね……」


 瑞樹みずきは確信した。この妹の姿をした何かは、絶対に妹ではないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る