第215話 結局こうするしかなかったんだよ

 龍平りゅうへいがゆっくりと立ち上がって来るが、表情も無く、動きも人間のものとは思えない。

 瞳で強く光りっぱなしの紋章も気になる。まあこの戦闘中にスキルを止めるなんて自殺行為だろうが、何時からだったんだろう。

 そう考えた瞬間、寒気が走る。直感と言っても良かったかもしれない。


「お前、何時からスキルを使い続けているんだ?」


「ああ……誰かが同じ事を聞いたな。どっちだったか……両方殺したから分からないな」


 やはりという感情しかなかった。ここに龍平りゅうへいが現れた時点で、察しはついていたんだ。

 だけど、心の底では無事であることを祈っていた。信じていたといってもいい。

 あの二人が、そう簡単に死ぬ訳がないじゃないかと。


「安心しろ、お前も殺す。そこの女も、この世界の人間も、瑞樹みずきも殺す。誰も俺の心を乱さない。誰も俺を苦しめない。安心して生きられる俺の世界が来るんだ」


「……お前の世界には、もう先輩はいないのか」


「先輩……誰だ? いや、いい。お前は殺す」


 龍平りゅうへいが俺を掴み、右手で首の骨を枯れ木のように折った。

 とても避けられる速度じゃなかったが、避ける気もあまりなかった。

 そのまま首筋に食らいつき、肉を抉る。


「なあ……お前は誰だ?」


 首から噴き出す鮮血も気にせずに、俺は龍平りゅうへいに尋ねた。

 だが、何も判らないといった虚ろな目がその答えだった。

 戦いが始まった時は――いや、今と似たようなものだったな。ただその前に木谷きたにやダークネスさんと戦い、今ここで俺とやり合った。

 色々と限界が来ていたんだろう。


 龍平りゅうへいが俺の右腕を掴み、引き千切る。

 咲江さきえちゃんが悲鳴上げそうになるが、大丈夫だよと左手と目で合図する。本当に、大丈夫なんだ。痛みは外してある。やられた部分も、全部外した部分だ。


「なあ、龍平りゅうへい。向こうじゃ色々楽しかったよな。でもダークネスさんにも言われたけど、俺はあんまりお前の事を考えていなかったよ。ダメな親友ですまない。だけど、お前も似たような感じだっただろ? その位わかるさ」


 残った左手で、龍平りゅうへいを抱きしめる。


「もっと話したかったよ。色々とごめんな。どんなに後悔しても、もうあの時は戻らない。でもそれはお前も同じだ。もうやってしまった事は戻せない。だからこうするんだ。悔しいなら、幾らでも恨んでくれ」


 ゆっくりと、龍平りゅうへいの体が消えていく。ここでもない、何処でもない、外れた世界へと、龍平を外す。

 普通だったら出来ないだろうけど、ここまで心が壊れていると、そんなに難しくは無かった。

 まるであの召喚システムとやらがあった時のように、龍平りゅうへいが光に包まれて消えて行く。


「こ……ろ……す……・」


「そうだな……いつかまた戦おう」


 消える瞬間、龍平は笑っている様に感じた。

 最初の張り付いたような不気味な笑みではなく、昔見たような、微笑みで。





「やはり、結局はこうなったか」


 聞き慣れない声が響く。人ではないような異質な声。


「誰だ? 随分と知ったような口を叩くが、今の俺は機嫌が悪いんだ。用があるのなら、さっさと姿を現せ!」


「現してはいるさ。ただ認識しにくいだけだ」


 感覚を研ぎ澄まし、集中する。

 いる――確かに、それも目の前に。


「やはりという事は、こうなると知っていたという事か」


「そうだな。知っていたといえば知っていたし、知らなかったといえば知らなかった。茶化しているわけでも誤魔化しているわけでもない。龍平りゅうへいがこんな暴走する事も、こんな無茶をする事も、俺は何も知らなかった。だけど、お前が龍平りゅうへいと戦って勝つことは予想していた。戦ってなど欲しくはなかったがね」


「ならどうして止めなかった?」


 きっとこいつなら、あの戦いを止められた。

 それどころか、俺と龍平りゅうへいの二人で相手にしても勝てたかどうか。

 教官組じゃない。姿も声も認識できないが、こいつから感じる力は到底人知の及ぶところじゃない。


「止めようとは思ったさ。何度もね。見ていて辛かった……本当だ。だけどね、実感がわかなかったんだ。まるで映画のワンシーンを見ているような、そんな気分だった」


「俺たちの戦いは、いい見世物だったわけだ」


「言葉が悪くてすまない。だけど、あそこで俺が止めても本質は何も解決しない。正直に言えば、これまで何度もお前を始末しようと思った。これから起きる出来事を考えたら、初日に始末するのが一番だったとさえ、今でも思っているよ」


 ――起きる出来事? 起こしたじゃなくて?


「だけど、多分それだと何も変わらない。確かにそれもまた一つの結末だが、その名の通り全ての終わりだ。俺にはそんな選択は出来ない。だから期待したんだが、ダメだったようだ。だが……そうだな。いつか必ず、本当の意味での終止符が打てる。そんな気がするんだ」


「……名を聞いておこうか?」


 聞くまでもなく、本能がその名前を告げていた。


「クロノス。ここではそう名乗っているよ」

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