第214話 さらば相棒よ

 龍平りゅうへいの攻撃は止まらない。インターバルも何もない。全てが必殺の一撃を、容赦なく無数に繰り出してくる。


 ――しまった!


 痛みは全て外していたが、足の甲を思いっ切り踏まれた瞬間に動きが止まってしまった。

 どれ程強化されようが、痛みを無くそうが、人間であることは変わらない。

 などと反省する間もなく、次の瞬間には手刀が口の中に打ち込まれた。

 逆手で撃ち込まれた手刀でそのまま俺の上顎を掴み、メキメキという嫌な音と共に俺の体は半回転して頭から地面に叩きつけられた。

 頭は完全に潰れ、龍平りゅうへいは砕け千切れた上顎の骨を投げ捨てる。

 状況が分かってしまうのが、我ながら嫌だ。まあ、死んでしまう方がダメだがな。


 腕の力だけでバク転し、態勢を整える。

 当然、頭は完全に元に戻っている。


「いい加減に死ねよ! お前が生きているから瑞樹みずきが苦しむんだ!」


 叫びながらも攻撃はやめない。嫌な奴だ。少しは遠慮しろよ。


「その提案は却下させてもらおう。死ねばもっと悲しませるだけだからな」


「悲しむ事なんて無いさ。瑞樹みずきは永遠に俺の物になるんだ。もう誰にも手は出させない。見る事も許さない。だがその前に、貴様は死ね!」


「そうかよ!」


 口数が多くなるにしたがって攻撃が単調になる。将棋でもスポーツでも、そして戦いでも変わらないな。

 様々な想いが交錯したが、それが何なのかは言葉に出来ない。

 ただ、龍平りゅうへいの攻撃の隙をついて。俺は胸の中心に勇者の剣を突き立てた。


 ……が、剣は刺さらないどころかビキッと嫌な音を立てた。いやこれはマズイ。俺の唯一の武器だぞ。

 一応ダークネスさんの短剣も持ってはいるけど、これよく壊れるからな。

 尚も止まらない龍平りゅうへいの攻撃を避けたりくらったりしながら確認するが、刀身に見事に亀裂が入っている。それどころか、龍平りゅうへいの服には切っ先の分だけ穴が開いただけ。体には傷もついていない。

 これが通用しないならどうやって倒すんだよ!?


 ちらりと咲江さきえちゃんの方を目だけで見るが、うん、首を横に振っている。多分、彼女のスキルは効いていない。

 まあ分かっちゃいたんだ。息もつかせぬ連続攻撃と言うが、こいつの場合、本人が全く息継ぎをしていない。

 会話する時だけ息を吸い込んでいるが、あれは声を出すためだけか。

 しばらく見ない間に、完全人間離れしてしまったな。


「そんな体になって、お前は何をしたかったんだよ」


 思わず、そんな気の利かないセリフが出てしまう。

 だけど純粋な疑問でもあった。こいつがこの世界に来て、どんな目に遭ったのか……俺には正確な事はわからない。

 だけど、あんな事をして、こんな状態になって、それでも何かしたい事があったのか。


 なんて考える俺は馬鹿だな。人の事を言えるか、俺。

 あれほど大勢の人を殺して、こんな人間じゃないような体になって――でも違う。俺には目的がある。俺が幸せになるというな。

 それがエゴだというのならそういえば良い。だけど自分の周りから、少しずつ幸せの輪を広げていく。もし俺に出来る贖罪があるのなら、それを出来る限り広げていくしかない。だけど――、


「俺がしたい事は、お前を殺す事だ!」


 龍平りゅうへいは落ちていた鉄パイプを拾い、突進してくる。

 昔のようにアナウンスは出なかったが、当然以前と同じように素手の攻撃ダメージは返していたからな。

 考えた結果なのか本能なのか、武器を持った。

 だけど武器を持った龍平りゅうへいは正直弱い。そんな事まで分からなくなったか。


 振り回してきた鉄パイプを勇者の剣で切断し、逆に首を掴んで地面に叩きつける。

 だけど何の反応もない。痛みを感じていないのか? 本当に――いや、止めよう。これもブーメランだ。

 お互い、人間やめちまったな。

 湧き上がる感情を全て消して、俺は龍平りゅうへいの口に勇者の剣を突き立てた。

 定番の弱点――のはずだったのだが、胸を刺した時と同様にガキンと中で剣が止まる。

 いやいや、普通体の内部は鍛えられていないってのは定番だろ?


 抜こうとするが剣が抜けない。歯で挟み込んでいる。それどころか、刀身に食い込んでいる。

 おい、冗談はやめろ。

 こうなったらダークネスさんの剣で目を――そう考えた時にはもう、勇者の剣は横から殴られ、刀身は砕け散った。

 ああ、さらば長年の相棒よ……じゃないよな。

 龍平りゅうへいは何事も無かったかのように立ち上がってくる。もう打つ手はないぞ。

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