第211話 想定外の事態

 本来なら神罰で一掃し、仮に本体が残っていたとしても教官組を中心とした召喚者で探索し、確実に仕留める。

 それで全てが終わる。この世界を滅ぼすと言われる伝説級の怪物モンスターを退治し、世界に平和が訪れるのだ。

 だが予定と違い、早くも二人の教官組を失い、多くの召喚者を失った。これでは完全な成功は望めないかもしれない。


 ――どうしてこうなったのやら。


 クロノスは、集団の中を歩きながら自問自答していた。

 荷物を運ぶための馬車などもあるが、自身はずっと徒歩だ。合わせてフランソワらの教官組もそれに従っている。

 そのクロノスの姿はぼんやりとした蜃気楼のようにしか見えない。認識阻害によるものだ。

 彼を信奉するフランソワらの教官組でさえ、彼の真の姿を見た者はいない。

 その姿を知るものは、ロンダピアザに残る他の最古参3名くらいだろう。

 いや――彼等さえ知っているかどうか。それ程までに、その姿は秘匿されていた。


 そしてその背後には、天幕付きの巨大馬車が付いて来ている。

 本来ならばお偉いさんであるクロノスが乗っていてしかるべきだが、実際に使っているのは水城奈々みずきなな栗森剛くりもりごうの二人だ。

 中には立派なベッドが設置されており、昼夜関係なしに二人の嬌声と肉のぶつかり合う音が聞こえてくる。

 一般人には行軍や轍の音で聞こえないが、召喚者達には丸聞こえだ。


「クロノス様、よろしいのですか?」


 ちょっと不安になる様な半抜けの髪形をしたプロレスラーの様な男、荒木幸次郎あらきこうじろうが進言する。

 正しくは“黙らせろ”と言いたいのだろう。クロノスとしても、その点は分かる。

 だが――、


「すまないが好きにやらせてやってくれ。彼等――いや、彼女は今回の作戦の要だからな。それより問題なのは龍平りゅうへいの方だ」


西山龍平にしやまりゅうへいですか……。正直、なぜ甚内じんないを襲ったのか見当もつきません。木谷きたにとも連絡が不通になっていますし」


「言いたくは無いけど、木谷きたには死んだ。勝って連絡を怠る様な人間じゃない。もし仕事が済んで無事なら、SOS発信器を使っても知らせてくる」


 淡々と言うが、フランソワから複雑な感情を感じる。

 ずっと木谷きたには教官組のリーダーという重責を果たしてきた。

 個性豊か――と言えば聞こえはいいが、要は傍若無人で我が儘な教官組の統率は並大抵の者に出来る事ではない。

 その実力は皆も知るところである、同時に今まで一緒にやって来た仲間意識もある。

 まあ性格はアレなので、誰も表立って友情を口にした事は無いが。


「それで、今回の事はクロノス様の予見には無かった……それで良いのだな」


 全身を紫色の包帯で覆い、まるでハロウィンのコスプレをしたような男がクロノスに尋ねる。

 背は180センチを大きく超える長身だが、その反面体は細い。更に手足が長いため、シルエットからは相当な不気味さを感じさせる。

 教官組の一人、一ツ橋健哉ひとつばしけんやだ。通常は絶対にラーセットから出ず、それどころか迷宮ダンジョンにも入らない。

 そんな彼が付いてくるのは、異例中の異例である。


 ただ、その不遜な言い草にフランソワは明らかに不機嫌になるが――、


「無い。西山龍平にしやまりゅうへいがここで暴れる事など、完全に想定外だ。なぜ甚内じんないを襲ったのかも謎だな。だが、一つだけ確実な事がある」


「それは何かね?」


龍平りゅうへいは今、成瀬敬一なるせけいいちを追ってハスマタンへ向かっている。木谷きたにと相打ちにでもなっていない限りな。案外、既に接触しているかもしれない」


「それは、クロノス様にとって良い事? それとも悪い事?」


 返答次第では、ロケットのように飛び出していきかねないフランソワをなだめると、


「良い事だ。ではあるが……」


 認識が阻害されているため、周りからは今一つ真意がつかめないが――、


「昔、皆に言った事を覚えているか?」


「忘れるわけがない。ついさっきの事」


「聞かれるまでもない」


「忘れているのなら、教官組などやってはいない。こんな割に合わない仕事は他には無いからな」


 それぞれ言葉は違うが、ここにいる3人の教官組、田中玉子たなかたまこ――もといフランソワ、荒木幸次郎あらきこうじろう一ツ橋健哉ひとつばしけんやは皆同じ答えだ。


「今、俺達はその時いる。ここが勝負どころだ。鍵は成瀬敬一なるせけいいち西山龍平にしやまりゅうへいが握っている。だが――少し残念だな」


 やはり真意は読めないが、


「クロノス様は何度も成瀬敬一なるせけいいちの抹殺命令を出していた。それに西山龍平にしやまりゅうへいに対してもさっき出した。鍵になるのなら、本当に殺してしまっても良かったの? それとも、失敗する事を知っていたの? もし死ぬ事が鍵になるのなら――」


「いいから傍にいてくれ。それもまた一つの道だと思っていただけだよ。だがおそらくダメだろうな」


 クロノスの言葉は姿同様、何処からともなく響いてくるようで捕えようがない。

 だがどことなく、教官組たちは溜息交じりのような空気を感じ取っていた。

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