第207話 リタイヤ

 木谷きたにが目覚めた場所は、藁束が多数積まれた倉庫であった。


「ああ、起きたか。慣れた連中は平気なもんだが、あんた初めてだったな。まあ暫くそこで転がっていな」


 話しかけてきたのは知っている男だ。名は寿永寿すみながことぶき。かつて召喚された時に、共に迷宮ダンジョンに潜った事がある。


 見た目は20代後半だろうか。

 理由はわからないが、召喚されてくる連中は比較的若い。そういった意味では珍しい部類に入る。

 いかにも昔の農家といった、Tシャツに首から掛けたタオル。それに作業ズボンという超ラフなスタイルで、髪や瞳、そして顔立ちが日本人でなければ現地人と区別がつかないほどだ。


 性格は大人しい男で、血の出る生き物は怪物モンスターでも殺せなかった。

 しばらくして行方をくらませたと聞いていたが、当然所在は把握していた。他国に走られたら厄介だからな。

 スキルは物質・生物を問わず場所を入れ替える。

 もちろん生物を入れ替えるのは難しいし、召喚者ともなれば心の底で微かにでも抵抗があれば不可能だ。

 だがダークネスに言われた時、木谷きたには全く抵抗しなかった。

 しても無駄な状態である事もあったが、ダークネスとは長い付き合いだし、性格も良く知っている。それに寿永すみながと行動を共にしている事を考えれば、答えは一つしかない。

 ただ問題は――、


「ここは君たちの村かね」


「ああ、万が一の時にはこうするように頼まれていたんだ。しかし教官が来るとはねぇ……」


 細かなやり取りができるほど距離は短くない。おそらく信号を送るだけの、強力だが単純な装置を使ったのだろう。

 それにしても呑気なものだ。村の位置が既にばれている事は、とっくに承知の上なのだろう。

 だが、それでもこの決断をした彼らには頭が下がる。


「すぐに戻りたいのだが。向こうの誰かと入れ替えることは出来ないものかね?」


「ここからラーセットまで連絡するとか無理だしねぇ。しかもみんなイェルクリオに向かっているんだろう? 無理無理」


 寿ことぶきは「白い歯を見せて「ハッハッハ」と笑うが笑い事ではない。これでは完全にリタイヤだ。


「せめて、欠片くらいは拾ってやりたかったのだがね」


「ダークネスさんかい? まあ多分誰かを送るだろうとは事前に聞いていたしね。覚悟の上だったのだと思うよ」


「随分と割り切っているのだね。彼はこの村では貴重な戦力だったと思っていたが」


「以前にスキルを制御するアイテムを失ってしまってね。まあ肉体も失っていたので、それほど精神の変調は酷くはなかったんだ。でもやっぱり次第に進行してね……もう自分の本名も思い出せなくなっていたよ」


「本名? ――いや、アイツはそもそも……いやちょっと待て。制御アイテムなら、神殿に行けば貰えただろう。堂々と街中を歩かれても困るが、それでも攻撃されることは無いし、要求すれば渡すはずだが」


 寿永寿すみながことぶきは天井を見上げ黙り込んだ。どう説明したらいいのか、言葉に悩んでいるといった様子で。

 そして暫しの間を置くと――、


「ダークネスさんのスキルを制御するアイテムは、無いそうです」


「それはヨルエナが言ったのかね?」


「いえ、ダークネスさん自身が言っていました。もう無いのだと。その時期が来たんだって言っていました。さすがにそれ以上は踏み込んで聞けませんでしたが」


 ――時期?

 今一つ事情が飲み込めない。敬一けいいちに制御アイテムを渡さなかった件に関しては、『ハズレだから無い』の一点張りだ。実際はスキルを使っていたにもかかわらずだ。

 これ自体には相当な不信感がある。実際やった事と言えば、確かに大量殺戮だ。だがあれは本当に奴がやりたかった事か?

 全ての情報。そして会った感想が、それを否定する。

 仲間として引き込めば、相当に便利に働いてくれたはずだ。なぜわざわざ敵対するような事をした。

 アイテムさえ渡せば、あいつは普通に働き、やがて消えていっただろう。


 それ自体が気になっていたのに、ダークネスの場合は更におかしい。

 あいつは既にアイテムを持っていた。確かにスキルを制御するアイテムはこの世に二つとない。予備は持っていけないのだ。

 だがこの世に無い限り、神官長は無限にそれを取り出す事が出来る。


 たとえば自分のサングラス。スキルを制御するための必須品であり、スキルという強大過ぎる力を行使する際に生じる負担――主に精神面の摩耗を軽減するためのものだ。

 何度か聞いたが、予備は出せないという。だが壊れたと報告すれば、すぐに取り出してくれる。

 一度玉子たまこが冗談で壊れたから出してと言った事がある。実際にはあるにも関わらずだ。

 結論から言えばすぐにばれた。何度か取り出そうとチャレンジしたが失敗し、大神殿にあるアイテム確認帳で現在地を確認した。

 言うまでも無く玉子たまこが持っていた訳で、その後は数時間に渡るお説教タイムであった。


 ――そう言えば、あの時はまだヨルエナの母親が神官長だったな。


 などと昔を想っても仕方が無い。ここからではロンダピアザもハスマタンも遠すぎる。

 木谷きたには、寿ことぶきの言う通り、今回の件から事実上リタイアしてしまった事を実感した。

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