第206話 仕組まれた道

 強力な爆発により周囲にはクレーターが出来ており、大地は真っ赤に焼け、白い煙と蜃気楼で視界が悪い。

 だが今の龍平りゅうへいにとって、声の場所はすぐに分かる。

 ゆっくりと、だが怒りに満ちた表情でその場所へと歩み寄った。

 そこにあったのは、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスの頭半分だけ。それも焼けこげ、吹き飛ばされた影響で歪にゆがんでいる。


「やってくれたな」


「どうせ殺して奪った物だろう。そんなものに頓着とんちゃくするとは、らしくは無いではないか」


 龍平りゅうへいのポケットは裂けていた。収納品が入っていた場所だ。

 だが爆発の寸前にダークネスが破り、中身は爆風と共に四散した。タイミング的には、爆風に対抗して薬を取り出した直後だろう。そちらに注意がいったコンマ数秒の間にやられたわけだ。

 もはや見つけるのも困難であり、見つかったとしても、どれほどが無事であるのか。少なくとも、薬の類は全損だろう。

 槍を取り出した時に特定されたのだ。あれは完全に失敗だった。

 だがそれよりも、ダークネスの物言いに怒りを感じていた。


「貴様とは初対面のはずだがな。大体、お前に何が分かる。らしくない? らしいとは何だ!」


 そう言って、思いっきりダークネスの破片を蹴り飛ばす。

 時間を取られたのは良い、そんなものは直ぐに挽回できる。だが武器と薬を失ったのは痛手だ。


「武器も薬も無しで敬一けいいちと戦うのは怖かろう。お主の心には、まだ奴に勝てる自信など微塵みじんもないのだからな」


 龍平りゅうへいの心を読んだかのような声。

 当然、その声の主は遥か彼方へ蹴り飛ばしたダークネスの頭だ。


 ――クソが!


 粉々に踏み砕いてやらなければ気が済まない。

 蹴り飛ばしたものをまた取りに行くのは堪らない程に屈辱だ。自分の失敗を認めなければいけないのだから。


「短慮で我を蹴り飛ばした事、後悔しているのだろう。先ほどポケットから迂闊うかつにも槍を取り出してしまった事もだ。お前は何時もそうだ。いつまでもうじうじと何もせずに後悔し、いざやったと思えば何も考えずに実行して後悔する。政治家の家に生まれようが、家が金持ちだろうが、所詮はただの子供だ。無知で短慮な赤子にすぎぬ」


 龍平りゅうへいの顔は既に真っ赤であった。

 怒りで我を忘れ、一足飛びにダークネスの潰れた頭まで行くと、何度も何度も踏み潰した。

 それは全て、図星であったからだ。見ず知らずの――それもただの空っぽの人形にここまで的確に内面を当てられたことが、たまらなく悔しかった。


「……悔し……かろう。憎く……かろう……。今のお前が……敬一けいいちに……勝てる道理など……ない。負けるの……だ。また……負けるのだ」


「まだ言うかー!」


 何度も、何度も、地面が陥没しても、ダークネスが砕けても、踏み続ける事を止めない。

 だがそれと同じ様に、声も消えてはくれない。


「お前は……あの文字を……見た時、神の啓示と……でも思った……だろう。あの……言葉に、導かれた……とでも思ったの……であろう」


 龍平りゅうへいの動きがぴたりと止まる。

 それはここに来る前、2つの壺が設置された奇妙な部屋セーフゾーンで見かけた文字だ。

 あそこには『ラーセットに今は誰もいない。召喚者達は、皆イェルクリオの首都、ハスマタンへと向かった。そしてまた敬一けいいちも向かっている』と壁に刻まれていた。

 誰が、いつ、何のためにこんな文字を刻んだのか。だが敬一けいいち? これは偶然なのか?

 いや、この世界は何が起こるか分からない。それよりも内容だ。

 これは事実なのだろうか? だとしたら、最大の好機だ。それに違ったとしても、また戻れば良いだけではないか。わざわざ、自分を罠にかけるために用意したとは考えられない。


 そして久々の地上は、まさしく刻まれた通りであった。

 早速召喚者たちの荷物を漁り、瑞樹みずきに関するアイテムをすべて処分した。

 ついでに隠し持っていた幾つかのアイテムも失敬した。

 更に当時関わっていた吉川きっかわ金城かねしろ中内なかうちなどから聞いていた情報を元に、関係者も皆殺しにした。

 それなりの要職に就いていた者もいたが、護衛まで含めてまるで相手にならなかった。

 こうしてロンダピアザでやるべき事が終わり、外の連中も随時始末した。

 全ては順調であり、正にあの文字は”神の啓示”と行っても良い。

 それが――、


「全ては……我の……予想通りよ。お前は所詮……道化に過ぎぬ。踊れ……踊れ……それがお主に……与えられた……役割だ……そうだ……お主は……自らの愚かさ故に……失敗したの……だ」


 残骸は完全に粉砕され、声はようやく消えた。

 あの言葉は何だったのか? こいつのスキルが関わっているのだろうか?

 だが残念だったな。もし真実なら、道化とはこいつの事だ。

 罠を仕掛け、誘導し、地上に引き戻して、わざわざここまで誘導した。

 その結果どうなった? 自分が死んだのだ!

 双子の姿もいつの間にか消えている。大方爆風で吹き飛ばされたのだろう。

 ここまで笑える結末があるだろうか! 失敗しただけではないか!


 意図せず、龍平りゅうへいは笑っていた。

 心の底から、もうずっと見せなかった素晴らしい笑顔で笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る