第205話 炸裂

 頭の頂点から胸までを大斧で裂かれ、ダークネスの動きが止まる。


「それは溝内信二みぞうちしんじが愛用していた斧か」


 そういった木谷きたにの右肩と脇、そして左足には2本、黒い投げナイフがスーツを貫き刺さっている。

 何時放ったのか、誰の目にも映らなかった。


「そしてこのナイフは斯波裕乃しばゆのが愛用していたものだ。先ほどの曲刀シミター蔵屋敷里香くらやしきりかの物だったな。おおかた、持ち運びは伏沼至ふしぬまいたるが隠し持っていた小箱を使っているのだろう。死体から奪うとは、随分と落ちたものだ」


 出血はある。刺さったままなので薬の効果も半減だ。そもそもこの程度で強力な薬を使う訳にはいかない。

 痛みをこらえながらも、木谷きたには淡々と分析する。もちろん挑発も忘れない。


「召喚者を殺して奪う。アンタらがずっと容認してきた事だ! 今更何を」


「ならば、奪った者はすぐに帰還した事も知っているだろう? さて、まだ色々な武器を奪ってきたはずだ。それで自らの心臓を突き刺して元の世界へ帰りたまえ」


「世迷いごとを。そうやって騙すだけ騙し、奪うだけ奪い、そのくせ何もしなかった。敬一けいいちを殺そうと思えばいつでも出来たはずだ! 瑞樹みずきたちがどんな目にあっているか、お前たちは知っていたはずだ! なのになぜ止めなかった! 守れたはずだ! 禁止できたはずだ」


敬一けいいちの処分に関しては確かに返す言葉も無いか。制限はされていたとはいえ、機会はあった。だが例の女に関してはどうでも良い事だな。守りたければ自分で守れば良かっただけの話だ。君に知識も力も無かった。ただそれだけの話だろう。それとも、今更になって他力本願かね? 呆れるばかりだ。手を出さなかったのはそう決まっていたからだよ。召喚者のルールは教えたはずだがね」


「ああ、確かに言っていたな。なら、全ての元凶のクロノスって奴を俺が必ず殺してやるよ。その前に、貴様をこいつで串刺しだがな」


 そう言ってポケットから取り出したのは、2メートルはあるかという長槍だ。

 さすがに長すぎて、今回は一瞬だが出す場所が見えた。あそこに入れている訳か。なら――、

 作戦は幾つか思いついた。だが、先に動いたのはダークネスであった。


 片腕だけで、龍平りゅうへいにしがみ付く。

 だが攻撃手段はない。その姿に、龍平りゅうへいの動きが止まる。

 何かを警戒した訳でも、無駄だと知りながら戦う姿に感銘した訳でもない。ただの侮蔑。死にぞこないの最後の抵抗に、心底呆れたのだ。


玉子たまこ!」


 だがその男が叫ぶ。同時に、世界は紅蓮の炎に包まれた。

 爆発は世界を照らし、爆風は土煙を上げ、周囲の木々や岩までも薙ぎ払いながら広がった。

 当然、爆心地近くにいた木谷きたにもまた、黒焦げになりながら吹き飛んでいた。

 さすがに1回分では無理だ。手持ちの薬全てを使い、かろうじて生きている。

 だが熱風に包まれた爆炎の中では焼け石に水でしかない。その耳元で、ダークネスの声がした。


「我の仲間が貴様にスキルを使う。同意するか?」


「同意しよう。他に何も出来ぬよ」


 同時に、木谷きたにの姿は消え、村の案山子かかしが残された――が、爆風の中で一瞬にして燃え尽き、灰となって消えた。

 かつてダークネスとひたちの位置を入れ替えたスキル。僅かでも抵抗されたらまるで意味のないスキルだが、こういう時は便利だ。

 こうして木谷きたには、村へと飛んだ。





 一方、その爆発の中心部に、龍平りゅうへいは立っていた。

 金城かねしろが持っていた、致命傷すら一瞬で治療する薬。さすがは最高級品だ。

 だが、龍平りゅうへいの頭は沸騰しそうな程に怒り狂っていた。

 あんな木偶の坊に出し抜かれた。おそらく、あの体の中にはフランソワ教官が研究を重ねた火薬が満載されていたのだろう。正確には火薬ではなく、あれもまたアイテムではあるが。

 だが腹に穴を開けた時も、頭を裂いた時も、中身は空っぽだった。

 抱きついた瞬間、物体移動アイテムテレポーターで中に詰めたのだ。

 二人だけだと思って油断した。実際には作戦を立て、何人もの召喚者が監視をしながら虎視眈々と機会を狙っていたのだ。


 だが――全ては無駄だったな。


「フフフ……ハハハハハハ! 俺は強い! 今の俺なら敬一けいいちも、教官共も、クロノスとやらや他の3人の最古の連中も、全員倒すことが出来る。そうだ、全て破壊してやる。こんな国のゴミのようなシステム、その全てをだ。召喚者も全員殺す! 邪魔する者も全員倒す! 俺は無敵だ! もう誰にも負けないんだ!」


「さてそれはどうかな……」


 それは微かな声だったが、強化された龍平りゅうへいの耳にはハッキリと届いていた。

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