第204話 龍平の武器

 龍平りゅうへいの首めがけて、渾身の一撃が切りつけられる。

 だが斬れない。まるで鈍器で殴られた様に首はへし折れたが、切断には至らない。

 吹き飛ばされた体はトラックに跳ねられたかのように何度も地面でバウンドする――が、途中でくるりとバク転すると、何事も無かったかのように着地する。

 その首は、もう折れてはいなかった。

 逆に、切りつけたダークネスの長剣に深い亀裂が入る。これはもうダメだろう。

 今まで使っていた剣を捨てると、双子が何処から出したのか予備の剣を渡す。

 そこでようやく、気がついた。ダークネスの額に、深々とナイフが刺さっているのを。


「ダークネス様」


「額に――」


「分かっている。この程度の事で、我がどうにかなるものではない」


敬一けいいちがハスマタン近郊まで辿り着いたそうだ」


 ナイフなどどうでもいいとばかりに木谷きたにがそう伝えるが、


「おやおや、言っても良いのか?」


 龍平りゅうへいは気にする素振りも無く悠々と近づいてくる。

 見れば、いつの間にか両手には曲刀シミターを持って。


「お前のスキルは肉体強化であろう。当然、通信機の声も聞こえていたはずだ。隠すことに意味はあるのかね?」


「ないな。どちらにしろ、お前たちが死ぬ事も、俺が敬一けいいちを追う事も変わらない!」


 最初に攻撃されたのはダークネスであった。

 龍平りゅうへいが騎乗したダークネスよりも上へ跳ぶと、そのまま両手で曲刀シミターを振り下ろす。

 だがダークネスも歴戦の猛者だ。その攻撃は易々と長剣で受ける――が、同時に空中で放った胴への回し蹴りが炸裂。鐘を叩いたような鈍い金属音と共に、馬から吹きとばされた。

 だが木谷きたににダークネスを気遣う余裕は無い。着地と同時に、もう木谷きたにに斬りかかって来ていたのだ。


「やれやれ」


 サングラスをクイッと上げると同時に、撒き上がった砂塵が長いダガーの柵を作る。

 当然そんなもの効きはしない。まるで砂細工を壊すように一振りで粉砕するが、その肩に、腕に、胸に、腰に、水銀性のダガーが命中する。

 砂塵に紛れて飛ばしてあったのだ。

 だが効かない。この程度の金属では、もはや龍平りゅうへいに傷はつけられないのだと悟った。

 それに最初に手を貫いた穴も、ダークネスが折った首も、既に元通りだ。


「随分と良い薬を手に入れたようだな」


金城かねしろがまだまだ溜め込んでいたのでね。死人にはもう用無しだ。それに、俺にはこれを使う権利がある」


「自分の女を差し出した報酬としてもらったものだからかね。実にあさましい男だ」


 無言で斬りかかってくる龍平りゅうへいを見て、実に単純だと思った。

 ただここまで強化されると、それはもう小細工無用の絶対的な暴力だ。

 だが、龍平りゅうへい曲刀シミターは空を切る。正しくは、握ったグリップだけが。

 刀身はいつの間にか、あらぬ方向へと飛んでいた。


「やはり武器の扱いには慣れていないな。素手の方が強かったのではないかね」


 目にも止まらぬ速さで振り下ろされた軌道には、曲刀シミターより遥かに強度の高い金属で作られたダガーが完全な予測の元に配置されていた。

 後は自分の力で、本人すら気がつかぬほど易々と砕いたのだ。


 だが木谷きたに本人がいう様に、龍平りゅうへい本来の戦いはあくまで素手だ。元々曲刀シミターなどは囮。本命の蹴りが木谷きたにの腹部に直撃する。


 ――あと3回と言ったところかね。


 内臓は破裂、背骨も砕かれ木谷きたには吹き飛んだ。

 当然ながら薬は使ってある。それも即効性の物だ。だがここまでの重傷を治せるものは、後3回分しかない。

 そのまま着地した目の前には、再び龍平りゅうへいが迫っていた。満面の笑みを浮かべて。

 その形相は悪鬼そのもの。だが張り付いたような笑みは仮面の様だ。今の龍平りゅうへいの本当の感情はわからない。


 ――知りたいとも思わぬがね。


 その龍平に向け、横合いから黒い影が飛び込んだ。ダークネスが騎乗していた馬だ。

 だが当たらない。正確には龍平りゅうへいの裏拳を受け、弾けるように吹き飛んだ。


「すまぬな」


 かすみのように消える愛馬の姿を見ながら、その一瞬のスキをついてダークネスが龍平りゅうへいの上腕を掴む。


「ブリキ人形風情が!」


 既に最初の攻撃で腹には穴が開き、中の空洞が見える。

 そして龍平りゅうへいが全力で体をひねっただけで掴んでいた腕は外れ、いつの間にか右手に持っていた大斧がダークネスの額から胸までを縦に割いた。

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