第203話 戦いの始まり

 まるで炸裂したかの様に、遠くで土煙が上がる。まだ普通の人間には点としか見えない距離だ。

 だが同時に、もう木谷きたにの目の前には龍平りゅうへいが飛び込んでいた。

 何も言わない。ただ瞳にはスキルを使用していることを表す紋章が浮き出ており、口元は張り付いたように歪んでいた。


 ――これはもう、人では無いな。


 さすがにあの距離を一直線に飛んできたのだ。かわすのも容易だ。

 だが一撃を避けられると同時に着地、そのまま信じられないほどの力で地面に踏ん張った。

 あまりの威力に地面が割れる。かなりの衝撃であるが、同時に力が分散したという事でもある。そのまま放たれた後ろ回し蹴りもまた、木谷きたには軽々と回避した。


「これは驚いた。あの敬一けいいちなんぞに負けた奴が、2度も避けるとはね。あの甚内じんないでさえ避けきれなかったのにな」


「勝ち誇るのは後にしたまえ」


 無数の細かなダガーが龍平の肺や胃を刺す。

 体内に入ったものを変化させることは出来ない。それが出来たら、心臓の血でも脳でもダガーにしてやればそれで終わりだ。さすがにそこまで便利ではない。

 だが、その前であれば容易だ。着地と同時に撒き上がった粉塵。それが吸い込まれる様子を見て、その粉塵を変えていたのだ。

 僅かの時差で、それは龍平りゅうへいの体内でダガーとなった。


「何かしましたかね。少し痛みがありましたよ」


「あれが効かないとはね。まあ致命傷にはなりにくいが、普通はもう戦えないものだ」


 そう言ってサングラスをクイッと上げる。

 実際、本当に通常ならこれで終わっている。

 あくまで常人ならの話ではあるが……。


「変わったな」


「強くなったんだよ! お前たちよりもな!」


 右、左、足、無数の連続した攻撃が木谷きたにを襲う。

 人の目には捕えられない。そして当たれば召喚者と言えどもただでは済まない。

 まさに一撃必殺の連打。だが――、


「確かに強くなったようだ。認めよう。だが今までよりも少し早くなり、少し威力が上がっただけだ。だが所詮早回しになっただけの事で、中身は同じ様だな」


「この俺を――馬鹿にするなぁ!」


 再び踏み込み渾身の一撃を放つ龍平りゅうへいの前に、巨大なダガーが地面から飛び出した。

 いや、形こそダガーだが、その大きさは槍と言っても間違いではないサイズだ。


「土ごときで!」


 胸に当たった槍の様なダガーなど意に介さず、そのまま突進して木谷きたにの顔面に拳を叩きつける。

 当たっていれば、そのまま頭から上は無くなっていたかもしれない。

 が――届かない。


「強くなったか……。確かに大したものだ」


 龍平りゅうへいの胸を、土のダガーに隠された本命――虹色に光る金属のダガーが貫いていた。


「普通は刺さった瞬間、反射で下がるものなのだがね。ここまで深々と刺さったのは初めてだ。見事な猪っぷりに感服するよ」


「この程度で、勝ったつもりかよ!」


 確かに心臓を貫かれたのに、龍平りゅうへいは止まらない。

 それどころか突き刺さった虹色のダガーを掴むと、まるでガラスの様にへし折り、体から引き抜いた。そして逆に、それを武器として振り下ろす。

 だが木谷きたには冷静だ。


「ぐっ!」


 握った部分からは無数の小さなダガーが手を貫いて飛び出し、逆に木谷きたにに向けられた切っ先は水のように溶けて消えた。


「相手が使っていたものを武器にするとき、そこには罠があるかもしれないと教えなかったかね?」


 余裕があるかのようにサングラスをクイっと上げる木谷きたにだが、切り札はたった今使ってしまった。

 素早く変形させる事が出来、しかも超硬度の液体金属。だが変質も早く、もう使用は不可能だろう。

 こいつとの戦いが長引けば不利と見て早々に使ったが、それで倒せなかったのは誤算だ。

 だが、二の矢はある。


 尚も抵抗しようとする龍平りゅうへいの背後には、いつの間にかブラッディ・オブ・ザ・ダークネスが立っていた。

 そして音もなく、容赦もなく、渾身の力で長剣を龍平りゅうへいの首めがけて一文字に振り抜いた。





 〇     ▽     〇





 目的地のハスマタンは遠くからでも高い壁のおかげで確認できた。

 だが遠くで見るのと近くで見るのとは大違いだ。

 まるで無数の小川が大河となる様に、水色の不気味な生き物達が街に集まり、そして壁をよじ登っている。


 ――あの中に行くのかよ。


 分かってはいるけど、一瞬ビビる。だが――、


『早く行きな。もたつけばもたつくほど、木谷きたにたちが危険になるんだ』


 通信機からいきなり聞こえてくる、大人びた女性の声。誰だ?


なぎ教官! ご無事でしたか!?」


『こっちは見ているだけだからね。ただ中継地点にいた召喚者は全員やられちまった。緊急の伝文は受け取ったが、まだ不便だね。そんなわけで少しだが事情は知っている。急げ!』


「は、はい!」


 姐さん肌の人なのだろうか? 咲江さきえちゃんから伝わってくる緊張が半端ない。

 まあ、俺だってここでのんびりと見物しているつもりは無い。


「それじゃあ、急いで街の中に入ろう」


「分かった」


 怪物モンスターの作る線を避けるように、俺達はハスマタンへと向かったのだった。

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