第198話 知らない人だけど慕われていたんだな

 生い茂る森林、大地を覆う草、そして無数の起伏に川や湿地。これでもかというほどに雄大な大自然を満喫できるのは良いが、正直に言えばしたくない。俺はインドア派なんだ。

 というかさ、夜になると女の子4人と一緒のテントで寝ている俺はどんな風に思われているんだろう?

 声とか、思いっきり聞かれているよね?

 でもあえて無視してくれる辺り、ありがたい事だと思う。


 そうなのですよ。今回は俺達だけでなく、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスさんとオトモの双子。それに正臣まさおみ君に菱沼玲人ひしぬまれいとさんに鷲津絵里梨わしづえりりもいるんですよ。

 いやあ、朝食も昼食も夕食も全員でとるんですけどね、全員いつもと変わらない点が逆にチクチク来る。

 一言くらい突っ込みが入ると気が楽なんだろうけど、内容次第では核爆発だ。向こうも迂闊な事は言えない訳で……。


 いやそんな事よりも、本来はどんな状況ならどう対処するかのシミュレーションパターンを幾つも想定しておかないといけない訳なんだけどね。

 なんか心がそれどころじゃないです、ハイ。

 などと馬鹿な事を考えていた時、来訪者が現れた。

 現れたというのも変だな。今日は正臣まさおみ君が先行していたが、ひょっこりと戻って来たんだ。客人を連れて。


「久しぶりだな、成瀬敬一なるせけいいち


 そう言って、緑のサングラスをクイッと上げる。

 いやいきなり物騒だな。ただの癖なのだろうが、あれが奴のスキルを制御するアイテムと知っているだけに警戒してしまう。


「ええと、お久しぶりですね、木谷きたにさん」


 あのセーフゾーンの町で戦闘し、情報を聞き出した後はスキル制御のサングラスをぶっ壊して放置した。

 まあ死んだかもなーと思ったが、生きていたと聞いた時はしぶといものだと感心したものだ。いや本当に死なないとは思っていたけどね。


 衣装は当然のサングラスに、あの時と変わらない縞のスーツ。腕ごと斬ってしまったが、縫合したような跡はない。予備だろうか? 案外彼のクローゼットには、同じスーツがずらりと並んでいるのかもしれない。

 などと考えたって仕方が無い。向こうも世間話をしに来たわけじゃないだろうし、偶然であるわけもない。必ず理由があって来たわけだ。


「さっき坪ヶ崎雅臣つぼがさきまさおみにも話したがね、甚内じんないが死んだ」


 知らない名前だな。でもわざわざ俺達に報告を? 妙な話だ。

 いや待てよ……名前は聞いたことがある。あれは何時いつだったか……。

 と言うより、俺やセポナを除いたメンバーはかなり動揺してるのが分かる。

 特に咲江さきえちゃんは――、


「う、嘘ですよね? あの甚内じんない教官ですよ? 正面から戦ったら最強だと言われていた甚内じんない教官なんですよ? だってついさっきまで、あんなに元気だったじゃないですか」


「そのついさっきとは、2年以上前だと記憶しているがね」


 木谷きたにの鋭いツッコミ。咲江さきえちゃんには相当な動揺が見えるな。

 嫉妬する程に浅い関係ではないつもりだが、ちょっと心の中でもやっとしてしまう。俺もまだまだだ。


「知り合いだったのか?」


迷宮ダンジョンに入れなくなったあたしに、色々と便宜を図ってくれた方だったんだ。気さくで話しやすく、他にも召喚者の方々の相談にも親身になって答えていたよ。それだけじゃなくて、現地人への配慮も忘れない人だったからね、沢山の人に慕われていたと思うよ」


「ちなみに、敬一けいいち様と龍平りゅうへいさんが戦った時、彼を連れ去ったのもその方ですね」


 ああ、あの時不意打ちで俺をぶっ殺したやつか! 

 もしあの時に咲江さきえちゃんがいなければ、俺は幽霊のような存在になっていたわけだ。

 もし生前に出会っていたら文句の一つや二つは言ってやりたかったが……あ、止めた。確実に戦闘になるし、そうなったら勝てるかどうか……。

 俺だってこの2年以上で強くなったが、教官組の強さが変わっていない訳が無いし。

 というよりそれ以前に、そういった感情を表に出せる空気じゃない。


「随分と慕われていたんだな」


「気さくで人柄も良く、よく相談ごとにも乗っていたそうです。探究者の村にいる人間は、皆それなりにあの国に馴染めなかった人たちです。お世話になった方も多いかと……」


 なるほど。

 今まで教官組にあったのは三人だ。目の前にいる木谷きたに、それに迷宮ダンジョンで出会ったフランソワって女の子と、幸次郎こうじろうと呼ばれていたプロレスラーのような男だな。

 全員一癖も二癖もある人間だったが……そうか、そんな奴もいたのか。


 もし生前に会っていたのなら、色々と聞いてみたかった。

 この世界の事。召喚システムの事。帰れないと嘘をついて働かせていた事……教官組なら、かなり詳しく知っていただろう。

 何を想い、何をしてきたのか――いや、もう過去の事だ。


「それで、まさか俺達にその報告をしに来たわけじゃないんだろう?」

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