第197話 最後の抵抗

 龍平りゅうへいの回し蹴りが、甚内じんないの頭部にクリーンヒットした。

 本来ならば、首から上は千切れ、どこか彼方へと飛んでいっただろう。


「アブねぇな。もう少し年上は敬うものだぜ」


 甚内じんないは右手でしっかりとガードしていた。だがその衝撃はすさまじく、彼の右腕の骨は砕けていた。幸い左肩を砕かれた時に素早く痛みを消す薬を使っていた。その点の速さは甚内じんないならではだ。

 だが痛みがないのと傷を受けないのは全く別問題でしかない。


「やりま――」 


 勝ち誇った龍平りゅうへい鳩尾みぞおちに、甚内じんないの飛び膝蹴りが炸裂する。

 そのまま空中を移動しながら、左右の連続蹴りからの踵落としによる叩きつけ。

 勢いよく地面に叩きつけられ、土煙を上げながら吹き飛んでいく龍平りゅうへいを見ながら、甚内じんないは完全に負けたことを悟った。

 最後の踵落としをした時に、ふくらはぎに湾曲した小剣が突き立てられていた。それは骨を貫き、反対側にまで飛び出ている。


 ――武器も使うか。


 あいつが初めての迷宮ダンジョン探索から戻った時、明らかに様子がおかしかった。そこで老婆心から、改めて教官として色々と学ばせた。戦いだけでなく、サバイバル技術やこの世界での生き方なども。だが、あいつは武器の扱いは拒否していた。

 倒し方にこだわるような男ではない。何事も合理的に効率よくやる男だ。それでも、あくまで素手での戦いにこだわっていた。なんでも、自らの手でやる事に意義があるからだと言っていた。

 その意味は結局分からずじまいだったが、こうして武器を使うようになったのだから、もう気にする必要が無くなったという事だろう。

 これを成長と言って良いのかは、大いに疑問ではあるが。


 立ち上がろうとした甚内じんないの足の骨が折れた。正確には、もう今の攻撃でほとんど切断されていたのだ。

 幾ら電光石火と言っても、片足の上に両手が使えないのではどうにもならない。

 しかもここは周囲の仲間からは遠く、通信機が使えない。だからこそ、あの召喚者達を襲撃する場所に選んだのだろう。


 ――ここまでだな。


 目の前に、悠然と龍平りゅうへいが迫る。そこには何の表情も無く、ただ殺意だけを放っていた。

 一撃目の蹴りを、体を捻ってかわす。だがこの体ではもう無理だ。骨盤と背中を砕かれ、意識が遠くなる。


 ああ、これが死か――。

 多くの召喚者達の死に様を見てきた。帰還と称して、奈落へと落ちて行った召喚者も見てきた。今更、死を恐れる理由は無い。自分の番が来たというだけだ。

 後悔はない。最初はこの世界に召喚された事に憤り、抵抗もした。

 だがクロノスと二人だけで話し合った時に、腹は決まったのだ。善も、悪も、全てのみ込むと……。


 最後に頭を踏み砕いた龍平りゅうへいだったが、少々不満だった。

 もう逃げる事も戦う事も出来ないのに、甚内じんない教官が無様に避けようとしたことが気に入らなかったのだ。

 だがもういい。瑞樹みずきを抱いた男は、召喚者であれ現地人であれ、あらかた処分した。

 当然家探しもして、記録装置は中身を確認する事無く全て破壊した。

 だがそれで終わったわけでは無い。まだ持ち歩いているやつがいるかもしれないし、流通してしまった物を探すのはほぼ不可能に近い。ましてやセーフゾーンの町の数少ない娯楽として拡散してしまった物を探し尽くすのは不可能だ。


 そう考えて、自然と笑みがこぼれる。

 それがどうした――と。例え幾千年、幾万年掛かったとしても、必ずこの世から消し去って見せる。自分はこの世界に選ばれたのだ!

 だが当の本人が生きている限り、新たな映像が作られないという保証はない。

 早く――瑞樹みずきも始末しないと。

 そうだ。そうすれば不安も消える。それからゆっくりと、願いを叶えよう。

 願いとは? 誰かと幸せになる事だ。本当に心から結ばれる事だ。

 誰と? 思い出せない。

 だが全てが終わった時に考えればいいだけの話だ。

 次の目標に向け、龍平りゅうへいは動き出した。





 ◆     ※     ◆





 教官組。そして他の教官組と共に行動していたクロノスが、甚内じんないの死を知った。

 教官組は緊急用の警報機を持っている。通信機と違い言葉は送れないが、信号だけなら何倍も強力だ。

 その信号は一瞬であったが、送られてきたバイタル状態は致命傷を示していた。そしてすぐにそれは消失した。これで生きていたら、逆に驚いてしまう。

 それは甚内じんないが見せた最後の意地。自らの腰と共に、龍平りゅうへいに破壊させたのだ。

 同時に送られてきたバイタルサインが、装置の破壊者を知らせていた。


「弟子に殺されるとか、甚内じんないはやっぱり馬鹿」


 そう言って動き出そうとするフランソワを、クロノスが肩を掴んで止める。


「教官組は奈々ななの警護だ。これは作戦の要。この場を離れる事は不許可だ」


 何かを言いたそうなフランソワだが、クロノスには逆らえない。立場的というより、崇拝する身としては。


「ですが、奴が甚内じんないを襲った理由が分かりません。クロノス様には、何か心当たりがおありですか?」


「……無いな。このような可能性は一切予定になかった」


「どちらにせよ事実は事実。このまま放置すれば作戦に大きな支障が出る事は確実です。ここはひとつ、お任せ願えないでしょうか?」


 ここにいる4人の教官組の代表、木谷敬きたにけいが一歩前に出る。


「何か策でもあるのか?」


「私の情報が確かなら……」


「分かった、任せる。だがこれ以上、教官組の損失は許されない」


 クロノスの言葉に一礼すると、木谷敬きたにけいは部隊から一人離れた。

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