第194話 滅びつつある国
イェルクリオの首都ハスマタン。そこへ最初に到着したのは、先行していた
腕にはナックル、足は一見普通のブーツだが鉄板入り。いつもの素手格闘に特化した装備だ。
長い黒髪をツーサイドアップにし、切れ長で凛々しい目と、女性としては176センチと長身な点が人目を引く。
ラフな
長い行程を経てここまで来たわりに、服装には一切の乱れがない。仕草には僅かの隙も無く、歴戦の戦士であることを伺わせた。
ささやかとは言えない大きな胸だが、身に纏う戦士の雰囲気が女性らしさを打ち消していた。
一応、ネクタイに施された猫の刺繍だけが彼女の見せるささやかな隙だろう。
見た目に武器は無いが、この世界でそれにどれだけの意味があるのか……。
二人ともここまでは旅の荷物を背負っていたが、さすがにもう遠くに置いてある。
ハスマタンまでまだ10キロメートル以上あるとはいえ、ここはすでに最前線なのだ。
青白い幾筋もの群れが、まるで川の流れのようにハスマタンへと続いている。
それは狼のようであったり、熊のようであったり、あるいは人のよう。だが全てに共通する事は、背中から青白い、その生き物の上半身の様なものが生えているという点だろうか。
翡翠色の壁にはそれが無数に張り付き登っており、下から上へと動いていなければ滝のようにも見えた。
「都市の内部からも火の手が上がっているわね。
「前にも言ったろ、今の俺はアルバトロスだ。
――それで選んだ名前がアホウドリかい……。
何と名乗ろうが自由ではある。
田舎の出身だとも聞いているから、あえて変な名前を選ぶのも何かの風習かもしれない。
だがまあ、どうでも良い。
「それで見えるのかい?」
「言われるまでもねえよ。背中から生えているやつの手が吸着しているような感じだな。それでイモリの様に登ってやがる。あれじゃあどれ程硬く門を守ってもダメだな」
「5000メートルの壁を平然とかい……一応聞くが、共食いなんてのは」
「してねえな。無補給だ。移動している連中も、何かを捕まえて食っているような動きはねえ。ただ通りやすい所を流れるように進んでいるだけだ。何処かで燃料切れでも起こして、一斉に死滅してくれるとありがたいんだがな」
「そんなに甘くは無いから、ここまで増えたんだろうさ」
数千万――或いは億という数の
かつてはラーセットもこうして襲われた。それ以前にはユーノスやエザメルトとかいう周辺国も滅ぼされている。
ラーセットが無事だったのはクロノスがいたからだと聞いているが、本体は倒せなかった……と言うよりも、正確にそれだと言い切れる相手は見つからなかったようだ。だがそれっぽい奴は手当たり次第に倒しまくったらしい。
多分その中に本体がいたのだろうとクロノスから聞いたことがある。だが倒せていなかった。
その後は百年ほど大人しかったわけだが、今こうして動き出した。
以前は数万匹だったそうだが、今はもう桁違いだ。時間は相手にとっても有意義であったらしい。
「それじゃ、アルバトロスは戻って報告しておくれ。こちらはもう少し様子を見るよ」
「いや、その件なんだが、
「いや、却下だ。確かにわたしらは寄生されないらしい。クロノスが言うにはだけどな」
「奴のいう事に嘘はあったか?」
「案外多いぞ。とはいえ、これは真実の
「とはいっても、いい機会には違いねえんだ。奴らが何のために人を襲うのかは分からねえが、この群れの動きからすれば確実に統率者がいる。その姿を知るだけでも十分すぎるほどの価値だ。だが蹂躙されつくして連中が分散したら、それもおじゃん。見るなら今しかねぇ」
「言いたい事は分かった。その上で言おう、却下」
「何故だよ」
「私のスキルが言っている。お前の命は残り1日以内だ。お前が大間抜けにも転んだ拍子に首の骨でも折って、しかも助けを呼べないとかいう状況でもない限り、お前を殺せる奴は限られているんだよ」
「あまり具体的に言うとその通りになりそうで怖いわ。だが分かった。この状況で俺が死ぬ原因なんてのは、確かに限られているしな。そんな事情なら一度下がろう。俺の死期が消えたら教えてくれ」
「約束しよう」
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