第195話 想定外の戦い

 ――こういうとき、あいつのスキルは便利だ。何かを決めた時、死へとつながっていた場合に感知できる。死因はわからないが、その時に何をしようとしていたかでおおよその見当は付く。あとは色々と変えてみて、死が消えたら回避できたって事だ。召喚者の死因などそんなにある物でもないしな。


 そう甚内じんないは考えながら急ぎ帰路についていた。

 ただ道があるわけでは無いし、甚内じんないの身体能力からすれば、障害物の多い地上はかえって高速移動の妨げになる。

 そこで木の頂点から頂点。或いは崖の上など、より高い所を跳ねるように――と言うよりも、飛ぶように移動していた。


 本来なら通信機を使えば連絡もたやすいが、まだ近くにいる召喚者相手に届く程度の距離だ。本隊には届くまい。

 緊急用SOSの信号機なら届くだろうが、そんな物飛ばす意味がない。

 多少不便だが、結局は自分で伝えた方が早い。

 そんな甚内じんないの行く先に、見知った召喚者同士を見つけた。


 自分の後ろにいた先行組だろう。奴らの任務は本隊の露払い。作戦をより安全に遂行するために、障害となる敵を排除するのが目的だ。

 それだけなら、さほど気にも留めなかっただろう。ただ作戦通り――それだけの話だ。

 だが様子がおかしい。

 まだ数キロ先だが、流れてくる血の臭いを感知した。それに、微かに会話も聞こえてくる。これは――、


「こ、こんなことをして済むとでも思っているのか! い、い、今は作戦中なんだぞ! 召喚庁のトップ、クロノス様直々の命令だ。お前はそれを――うぎゃあああああ!」


「御託は十分だ。まあ召喚者は出払っていたからな。仕事は簡単だったよ。どれほど屈強なボディガードを付けていようが、俺にとっては敵じゃない。お前もな、安藤あんどう


「こんな……こんなことをして、タダで済むと思っているのか!?」


「済ませる必要ない。お互いにな」


「ま、待ってくれよ! 俺達は仲間だろ! それにこんな事をして、他の連中や教官組が許すと思っているのかよ!」


 近づいて行く足音。体を引きずるように逃げる音。ダメだ、間に合わない――、


「いやだ、死にたくない! 死にたくない! お前だって、お前だって楽しんだじゃ――」


 ゴシャッと、骨の潰れる嫌な音が聞こえた。





 甚内じんないが現場に到着した時、そこはもう血の海だった。

 倒れているのは5人の召喚者。


 武宮たけみや溝内みぞうち高橋たかはし斯波しば。全員それなりに場数を踏んだ優秀な連中だ。

 それに安藤秀夫あんどうひでお龍平りゅうへいと同じ高校出身者。そして同じチームを組んでいたが、敬一けいいちに負けて逃走。その後は別のチームに拾われたと聞いていたが……。


「どういうことだ、西山龍平にしやまりゅうへい。答えろ」


 その声と表情には、いつもの軽さは見られない。本気の戦士の表情であった。


「召喚者には確かにある程度の自由が与えられている。だが一線を超える事は許されない」


「一線? そんなもの、誰が決めたんだ? 教官組か? その上か? だが召喚者同士の殺し合いなど、今までも容認されていただろう」


 名目上は帰ったとなっているが、まあその点は今更こいつには通じまい。だが――、


「それとこれとは話が別だ。今は大切な作戦中だぞ。なぜだ! なぜこんな事をした!」


「作戦なんぞどうでも良いんだよ。俺の目的は、瑞樹みずきを辱めた奴らを全員地獄に送る事だ。そしてその痕跡も全て排除する。邪魔をするやつは容赦しない。幸い、ラーセットは手薄だったよ。召喚者の殆どは出払っていたからな」


 こいつに染みついた血の匂い。10人や20人ではあるまい。百人……もっとか。


「これも全ては、お前たち教官組が何もしなかったからだ。自由だけを与えて、何をするのも見逃した。それがどれほどの不幸を生んだか、その身で味わえ!」


 一蹴で甚内じんないの前に移動すると、戦車の装甲すら撃ち抜けるであろう威力のパンチを繰り出す。

 だが、平然とそれを受け流し、カウンターの打ち下ろしを顔面に叩きこむ。

 一回転して地面に後頭部を打ち付けてバウンドした龍平りゅうへいの背中を、今度は容赦なく甚内じんないは蹴り上げた。

 更に落下して来た龍平りゅうへいの顔面にストレートを叩きこむ。


 全てが必殺の一撃。敬一けいいちであれば、3回死んでいた。

 だが甚内じんないには嫌な確信があった。

 土煙を上げた先。叩きつけられた岩が砕け、衝撃の激しさを物語っている。だが――、


「教官組と言っても、所詮はこの程度か。まるで効かない、何も感じない。なんと弱いのか」


 ――まずいな。


 殴った右手がズキズキと痛む。こんなの、召喚者になりたての頃以来だ。

 その後は何十年も現世界でスキルを磨き、電光石火と称される速度と、その名に恥じない戦闘技術を身につけた。教官組の中でも、単純な殴り合いであればトップクラスだ。


 確かにあの一件以来、龍平りゅうへいは2年以上行方知れずだった。

 最後に確認されたのは迷宮ダンジョンの中。あの日からずっと潜っていたのだろうとは思う。当然、生き延びるために多くのスキルを使ったのだろう。

 だがたったの2年と少しだ。それがここまでに成長するモノか!?

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