第193話 余計な自信は身を亡ぼすしな

 暗闇の中、龍平りゅうへいはずっと迷宮を彷徨っていた。

 幾度かの大変動を経て、今の迷宮ダンジョンは石で出来た蜘蛛の巣のような奇妙な形状だった。だが気にしたところで仕方がないだろう。

 もう明かりなど要らない。光など無くとも、十分に見える。強くなり過ぎた肉体は鋼よりも硬くなった。その代わり、熱さも、寒さも、もう分からない。

 毒も色々と口にした。だが死にきれなかった。今ではそんなものは効かない。そもそも、もう水も食料も必要としない。それどころか、呼吸すら不要だ。

 極限近くまで鍛えられた肉体強化のスキルにより、生きるために必要な殆どのものが不要になっていたのだった。


 果たして自分は人と言えるのだろうか? どうでもいい事だ。

 あれからどの位経ったのか……記憶はあっても秒数を数えていたわけではない。もう分かりなどしない。これも気にしたって仕方ないだろう。

 もうこの世界に、自分の居場所も、希望も、待っている人もいないのだから。


 そうして放浪するうちに、一つのセーフゾーンに辿り着いた。

 別に珍しい事ではない。手持ちのアイテムを確認するが、次の大変動は当分来そうにない。

 休憩が必要な身ではないが、何となくの習慣というものは残る。

 どうせ進行ルートだと入り、腰を下ろす。

 中は田舎の倉庫を思わせる作りだった。狭くて汚い。壁は板張りに見えるが、これも迷宮ダンジョンの不思議なところだ。あれは板ではなく、そう見えるだけの岩に似た素材でしかない。

 他に目に付いたのは2つの壺。セーフゾーンに固定されているところを見ると、アイテムではなくただのオブジェクトだろう。


 予想はしていたが、興味を引くものなど何もなかった。

 さて進もう……当てなどないが――そう思った龍平の前に、壁に刻まれた一文があった。

 日本語で刻まれたその文字を見た時、龍平りゅうへいの目の色が変わる。

 次の瞬間には、彼はもうそこにはいなかった。





 ■     〇     ■





 出発したはいいけれど――、


「ここからイェルクリオまではどのくらいの距離なんだっけ?」


「正確にはイェルクリオの首都ハスマタンでございます。大体350キロメートルほど先となっています」


 さらっといったが、この大自然の中を東京から京都まで歩く様なものだ。これは相当に大変だな。


「でもまあ、行くと決めた以上はサクサク行きますか」





 ※     〇     ※





 こうして俺達は出発した。

 今更ではあるが、イェルクリオは南方にある大国の名だ。

 詳しい事は知らないが、以前に俺がロンダピアザから時計を持ち帰った時にちょっかいを出してきたらしい。

 まあ聞く限り、ラーセットは召喚者の力によって分不相応に大きくなった国だ。その召喚が出来なくなった以上、吸収合併してしまおうと目論んだらしい。

 だが実行はされなかった。


 ラーセットの北方にはこれまたマージサウルという名の大国があり、同じことを考えた。

 そこと牽制し合った挙句に結局どちらも吸収に失敗した訳だ。

 以前の廃墟でも聞いたが、戦争に発展することはまずない。

 というかこの場合、南北両方の大国が介入して無茶苦茶になるだけの話だ。受ける損害に対して実入りが無さすぎる。


 そんな事が2年以上前――いや、召喚者によって富のバランスが崩れ始めた頃からずっと、あまり良好な関係ではなかったらしい。

 それでも今回の状況に至ったのは、やはりその怪物モンスターが強大過ぎる故か。


 ちなみにこの国は、首都であるハスマタンの他に3つも衛星都市を保有しているそうだ。

 それぞれの都市はラーセットと同規模かそれよりも大きい。国力だけ見れば、比較にもならないだろう。

 そして俺達に一番近く、尚且つ攻められているのがその首都であるハスマタン。

 気の毒だが、運が悪いとしか言いようが無いな。


「とにかく、何か出来る事があるかもしれない。急ぐとしよう」


「まあ、行っても何も出来ないと思いますよ」


 意外とセポナは冷静だ。と言うか、もう諦めている感じが有る。

 他国だから無関心? そんな性格じゃない事は、何度も肌を合わせて知っている。


「一応話は聞いているからな。そんなに楽観視はしていないよ。だけど、俺は見てから考える性格でな」


「それは良く知っています。もちろん、行く事には反対もしません。何せご主人様ですからね。ただ頭の一番大切な所に入れておいて欲しいんです。何をしても無駄だって事は。相手は伝説で語られる存在です。到底、人が及ぶ相手ではありません。正直に言ってしまえば、神罰を使うと聞いた時、確かにそれならと思いました」


「神罰を見た事は?」


「無いですけど、効きそうな名前じゃないですか」


「分かった……」


 まあこいつはこういうやつだ。

 だが改めて言われて、身が引き締まる。

 いったいどれほどの怪物モンスターなのだろう。

 だけど黒竜は倒した。それもワンサイドゲームでだ。もしかしたらいけるんじゃないのか?

 どうしても、そんな気分が頭を過ってしまう。

 だけどまあ、やはり見てから判断だな。

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