第192話 それぞれの出発

 敬一けいいちたちが支度の為にそれぞれの家へと戻った後、部屋には樋室紗耶華ひむろさやかとブラッディ・オブ・ザ・ダークネスだけが残された。


「貴方は支度しなくても良いの?」


「我に、今更支度など必要あるまい」


「確かにそうかもしれないわね……ねえ、覚えている? 貴方が召喚された時の事を」


「そんな昔の事、もうとうに忘れておるな」


「私にとってはついさっきの事よ。あんなに驚いたクロノスを見たのは、あの時が初めてだったわ。あの時から、貴方は平八へいはちになったのよね。……ねえ、以前の自分は思い出せた?」


「昔の話だ。もう戻らない過去だ。覚えてもおらぬし、思い出す必要もない。それで良いではないか。我はただの意思の塊なのであるのだからな」


「ダークネス様」


「行かれるのですか?」


 今まで沈黙したまま控えていた双子が口を出す。

 珍しい事だと樋室ひむろは少し驚いた。この子たちは、滅多に話さない。

 ましてや平八へいはちに尋ねる事自体が珍しい――いや、そう考えて違う事は分かった。あれは確認だ。


「ねえ、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネス。貴方はちゃんと戻って来るのよね?」


「それは分からぬ。未来など誰にも分かるものではない。だが奴の言った期限とは、まさに今この時だろう。奴は知っていたのだよ。この事態を全てな。ならば、それに応えてやろうではないか」


 そう言って出て行ったダークネスの背中を見ながら、戻って来る事を心の中で祈っていた。





 こうして俺達は南方にあるという大国、イェルクリオへと出発した。

 俺達一行はひたちさんにセポナ、咲江さきえちゃんに先輩を含めた5人。他にはブラッディ・オブ・ザ・ダークネスさんと双子も一緒だ。

 それに今回は正臣まさおみ君と菱沼玲人ひしぬまれいとさんに鷲津絵里梨わしおえりりさんの研究者チームもついてきた。

 全部で10人。まあ双子を人数に入れて良いのかは不明だが。


 他はお留守番。と言うか、樋室ひむろさんは動けないし、剣崎けんざきさんはここに居てもらえないと困る。

 それに柴村しばむらさんとまだ会った事の無い一人はそれぞれ別行動中だとか。何だかんだで、皆忙しいのだ。遊んでいる人間が許されるほど人は多くないしね。





 ★     ☆     ★





 ロンダピアザのある召喚庁。その執務室にはクロノス他、最高位の3人が揃っていた。

 今回の事で、ラーセットは未曽有の混乱の中にあった。なにせ世界中の国を滅ぼしている伝説級の怪物モンスターが強大な隣国を滅ぼそうとしている……いや、もう滅ぶのだ。

 この国はかつてクロノスの力で撃退しているとはいえ、今度も大丈夫だとは限らない。

 人々の不安は余計な憶測を生み、祈る者、戦いに志願する者、バリケードを作る者、他の国のツテを頼って脱出を試みる者などで、街中は大騒ぎだ。

 ニュースも連日連夜、この話を延々と放送している。


「状況はどうなっている?」


「先行隊として召喚者のチームを3つ行かせた。ほぼ全員だな。それに教官組からは加藤甚内かとうじんない三浦凪みうらなぎがその先を確認中だ」


「あの二人は教官組でも最速だからな。まあ適任か」


「他の教官組4人も全員イェルクリオに向かう奈々ななちゃんの護衛よ。それで良いんでしょう?」


「ああ……それで良い。では俺も行くとするよ。ラーセットの事は君らに任せる」


「一時的によね。悪いけど、貴方がいなくなるのなら、もうこの国に用は無いわ」


「私もそうしよう。国を離れ、少し旅に出るよ。この世界を見て回りたいんだ。世界中にあるという、召喚者の痕跡も見てみたいしね。だけど何かあったら必ず戻ってこの国を守る。約束しよう」


「お前はどうするんだ?」


「自分は残るよ。責任……という訳でもないが、きちんと管理しないといけないしな。それに自分がいなくなったら、お前は心配で何も出来なくなりそうだしな」


「俺が戻って来ない前提で話すなよ、酷い連中だな。だけど大丈夫だ、俺は必ず戻って来る。それが――俺かは分からないけどな」


「お前はお前だ。まあ後の事は任せろ。先ずは、奴との決着をつける方が先だろう」


「そうだな。それが俺の最初の仕事だった。では、残してしまった宿題を終わらせてこよう」


 こうして、ラーセットからもイェルクリオへ向けて出発した。

 召喚者の他、6人の教官組。多数の現地人。そして最高司令官であるクロノスもまた、様々な想いを胸に旅立った。

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