第185話 今の俺なら造作もない事だ

 口から吐く息は灼熱の炎。振り回す太くて長い尾は、戦車だって吹き飛ばすだろう。そして巨大な口から覗く牙と歯、それに鋭い爪は、やはり鉄板でも軽々と斬り裂きそうだ。

 だけど全て、俺には通用しない。

 確かに強い。油断できるわけでもない。だけど万全であるのなら、こいつに負ける理由は無い。


 全ての攻撃を外し、剣で斬る。

 一回で倒せる相手じゃない。何度も、何度も、何度でも。

 そう言えば、前に見たこいつの死体もそうだったな。沢山の傷でボロボロだった。

 今考えると、勇者だけじゃなく他の連中も迷宮産の武器を使っていたのだろう。現地人としてのプライドをかけた遠征だったようだ当然か。


 だけど最後は決まっている。

 黒い竜は全身から真っ黒い血を流し、遂に崩れ落ちた。

 今の俺は、あの時とは違う。もう現地人が相打ちになるような相手では話にもならない。

 なんかいつの間にかみんな入り口でこっちを見ていたが、まあ格好いいところを見せられたのは良い事だ。


「何か言い残す事は無いか?」


「……無い。我にお前たちの様な死は存在しない。次の大変動まで、暫し消えるだけだ」


「そうか……」


 便利な人生ではあるが、同時にガッチガチに縛られた人生でもある。

 楽しさはそれぞれだろうが、俺はこんな狭い世界セーフゾーンで何度も生き死にを繰り返すのはごめんだな。


「まだ息があるのなら教えてくれ。アンタみたいに特殊な奴が、外の世界へと出て行った事はあるのか?」


「何百年も前に……居たな――いや、まだ死んではおるまい。我とは根本的に違う。強大で多くの人間を退けて……きた。人が初めて迷宮ダンジョンに入った時から壁として立ちはだかって来た……ものよ」


 よりにもよって、そんな奴かよ!

 単に黒竜が外へ出たら、新たな黒竜が生まれるのか知りたかっただけなんだが。


「そんな奴が何で外に出たんだ?」


「……ただの……事故だ。大変動によるな。奴はただの異物となり、使命を失い、狂った。世界を破壊し……多くの国を……滅ぼし…………」


 黒い竜は、もう動かなかった。

 あっけないものだな――剣を鞘に収めながらそう思う。

 勇者は俺を……俺たち召喚者を化け物と言った。今なら分かる。それは正しい。

 だけどそれは、望んだ力でもなければ望んだ生き方でもない。あいつはその力に憧れていたようだけど、俺は帰れればそれで良いんだ。


 入口に居たみんなが駆け寄って来る。先輩やみんなが褒めてくれる。

 こういう時はまあ、この力も悪くはないなーと思ってしまうあたり、俺もまだまだだな。





 こうして無事に地上に戻り、報告も済ませた。

 途中で先輩のおかげで結構レアなアイテムも見つかったので、それも渡しておいた。

 自分たちで使う事もあるし、いくつかはノルマとして提出いないといけないだろう。

 俺はダメだが、ひたちさんや咲江さきえちゃん。それにまあ行かせるつもりは無いが、先輩もノルマさえ果たしていればお咎めなし。その辺りはありがたい話だ。よほど召喚者は大切なのだろう。


 余談だけど、今回は食べなかったよ。

 というか、俺以外は食べられないだろ、あんなに硬いの。

 それよりもふと気になったので、その夜ベッドの中で皆に聞いてみた。

 と言うより、今まで気にしなかった俺はアホだな。


「召喚ってのは、どのくらいの頻度で行われるものなんだ?」


「条件さえ整えばいつでも行えるけど、それが結構厳しくてね」


 矛盾しているようでしていないような……?


「条件ってのは?」


「先ず召喚に使う為のアイテムが必要なのです」


「あの時計か?」


「違うよ。あんな物がある事は私だって知らなかった。召喚に使うのは迷宮ダンジョンでも滅多にみつからないレアものでね。何というか、こういう――」


 咲江さきえちゃんが両手で円を描くようなしぐさをする。あれはまあ見たまんま――、


「卵みたいな形をしたアイテムがあってね。金属製で結構重いんだ」


 個人的な感想はともかく、彼女の身振りからすると大きさは1メートルを超える位か。それで金属製となると、確かにかなり重いだろう。


「それ以外に大切な要素がございまして――」


 この辺りの話はセポナや先輩は置いてけぼりだ。必然的に、ひたちさんと咲江さきえちゃんが話すことになる。


「――端的に言えば生贄です」


「いきなり穏やかじゃない言葉が出たな」


 と言うより、イメージに合わない。ここが中世的な世界だったら案外納得したかもしれない。

 でもここは人類の生存圏が狭いが故に、俺達の世界とは違う発展を遂げただけ。文明的にはかなり近代的な世界だ。奴隷制があるとはいえ。社会福祉は俺達の世界よりも手厚いと聞いている。

 しかもその奴隷制だって、俺達の世界のそれとはまったく違う。本来なら違う言葉を宛がうべきなほどに別物だ。

 そんな世界で生贄と言われてもピンと来ないのだが……。

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