第184話 やるしかないのなら早く始めようか

 俺が入ると黒竜は直ぐにこちらに気が付いたようだ。

 ゆっくりとこちらを向く。

 奇襲できなかったのはきっと残念なのだろうけど、心の何処かではほっとしていた。

 理由は分からないが、堂々と戦いたかったんだ。もしかしたら、この剣がそれを願っていたのかもしれない……なんてオカルト、信じちゃいないけどな。

 でもこの世界にいると、そんな事も考えてしまうものだ。


「またお前か。同じ人間に会うとは、また珍しいものだ」


 色々考えていた内容が、音を立てて崩れ去った気がする。

 何か言おうと思うのだが、気のきいたセリフが出てこない。


「お知合いですか?」


「知っているの? 何で? 怪物モンスターだよね?」


 二人からツッコミが入るが、同時に“やるの?“というニュアンスが含まれている。

 いやまあその為に来たんだけどさ、ここでいきなり攻撃したら、俺達の方が危ない人じゃん。


「初対面……じゃないのか? 確かに以前、同じような黒い竜に会ってはいるが、同一人物か? いや人物っている表現がおかしいのは分かるんだけどさ」


「確かにお前を知っている。だが誰かは知らぬな。まあ必要などあるまい。お前の目的は分かっている。いや、知らずともやる事は決まっているのだ」


「その意見には一応賛成だ。多分だけど、戦いは避けられない自信がある。だけどせっかく言葉が通じるんだ。少しだけ、話をできないものだろうか?」


 後ろ手に二人に合図を送る。

 意思はきちんと伝わり、二人ともセーフゾーンを出て行った。


「良かろう。以前、お前と共に人間の勇者が来た時はただ戦っただけであったからな」


「記憶が少し間違っているぞ。俺が来た時には、二人とも致命傷を負っていたよ。そうだ、勇者の名前を聞いておけば良かったと後悔していたな。聞くかい?」


「いや、不要だ。今の我はあの時の我ではない。あの時の事は覚えているが、今聞くべきはそちらではない。お前の名だ」


 名乗ったらその場で戦闘になりそうだな……。


「その前に、そちらの名は何て言うんだ? それに、確かにあの時にアンタは死んだ。俺が看取ったのだから間違いは無い。なぜこんな所で生きているんだ?」


 まあ、食べた事は言わないでおこう。


「我に名などない。それに、死という表現は我らには正しくない。我はこの迷宮ダンジョンの一部。大変動の始まりと共に消え、大変動の終わりと共に蘇る。お前たち世界の異物とは違う」


 異物とはまた酷い言われようだ。

 だけど、大変動の度に消え、再び現れる怪物モンスターたちはみんなそうなのだろうか?

 だとしたら――、


「外に出て繁殖を始めた連中はどうなんだ? 大変動が起きてもそのまま居座っている様だが」


「一度でも外に出たら、世界の加護を失う。そんなものに興味はない、ただの異物だ。好きに死ぬがよかろう」


 外に出たら、それはもう普通の生き物だという事なのだろうか?

 そして考えるまでもなく、召喚者がではなく人間もまた、彼にとっては異物なのだろう。

 そう考えると、案外人間も迷宮ダンジョンで生まれたのかもな。

 というか、こいつ普通に答えてくれるな。問答無用で襲い掛かってきたり、うやむやな言葉で誤魔化したりもしない。駆け引きも無い様だ。ただそう考えると――、


「なあ、悪いがここから立ち退いてくれないか? べつに迷宮ダンジョンの外に出ろって話じゃない。もしくは、俺たち人間を襲わないようにしてくれないだろうか? もちろん俺達は襲わないし、襲ってくる奴と戦うのはそちらに任せる」


「それは出来ぬ相談だ」


「問題が無ければ理由を聞いても良いかな?」


「我はこの地の守護者だ。この世界によって、そのように生まれた。お前たちの言葉で言うのなら、それが生きる意味というものだろう」


 そういや前にも思ったが、こいつ平然と俺達の言葉を話しているな。

 この様子だと誰かから教わったという様子でもないし、こいつの特性ってものか。


「それに、貴様は持っているではないか。あの時の剣をな。これもまたお前たちの言葉で言うのなら、宿命というのだろう」


 どうやら交渉は決裂だな。

 戦う事はもう避けるつもりは無い。多分、こいつもそれを望んでいる。

 確かに、宿命とか運命と呼んでも差し支えは無いのかもな。


「分かった。なら始めようか」


「一人で良いのか? さっきの連中を呼んできても良いのだぞ」


「悪いが一人で十分だ。忘れたのか? お前、以前は普通の人間に倒されたんだぞ」


「貴様こそ、あの場に散らばる死骸を見なかったのか? 人間といえども、集まればそれなりに強きものよ」


 その辺りは分かるけどね。だけどやっぱり、負けるつもりは欠片もなかった。

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