第182話 先輩の回復を願う

 その日の晩は、俺達の歓迎会となった。ついでに初対面同士の交流もだな。

 考えてみれば、俺が探究の村に到着して出発するまでの間、新たに出会ったのは3人だけだ。

 柴村賢しばむらけんさんとは、今日始めて遭った事になる。

 そういえば、村に着いた時に俺で10人目だと言われたな。


 5人は分かっていた。

 樋室ひむろさんに雅臣まさおみ君、それにブラッディ・オブ・ザ・ダークネスさん、ひたちさん。それに加えて、アイテムを送ってくれている剣崎けんざきさんだ。

 あとは研究を一緒にやっている菱沼玲人ひしぬまれいとさんと鷲津絵里梨わしおえりりさん。そして薪を割っていたところを此処まで案内してくれた柴村賢しばむらけん。それに俺を含めて9人か……あと一人足りないぞ?

 まあいずれ会う事になるだろう。


 こちらも柴村しばむらさんとは初対面だが、向こうも先輩や咲江さきえちゃんとは初見しょけんだ。

 人見知りする咲江さきえちゃんはちょっとぎこちなかったけど、先輩はさすがに社交的だ。すぐに打ち解けて、色々と話などをしていた。

 あれなら、ここでもうまくやって行けるだろう。





 そして夜は、俺達用に用意されたログハウスに案内された。

 まあ明日には出発する事を考えれば、そう長く滞在するわけではないのだが……。


「へー、この世界にもこんなものもあるんだ」


 ピンクの床にベージュの壁紙。天井には幾つもの光を照らし出す照明がくるくると回り、その一つ一つがピンクのハートを映しだしている。

 当然ベッドは通常のサイズじゃない。かなり大きい。そして丸い。


「け、敬一けいいち君って、こういう部屋が趣味なんだ。ううん、悪くは無いのよ。大丈夫。大概の事なら動じないから」


「あ、あたしも……こういうのは嫌いじゃないかな」


 先輩と咲江さきえちゃんの反応は初々しいなぁ……なんかそんな遠い目をしてしまう。

 一方でセポナはもう慣れたもので平然と順応しているし、用意したのはひたちさんだろう。こちらはニコニコしながら褒めてくださいと言わんばかりだ。

 何だろう、ちょっと苦笑しながらも、俺は楽しいと思った。

 こんな事、向こうの世界では絶対に味わう事は無かっただろう。





 ▽     ◆     ▽





 翌日、俺達は迷宮ダンジョンへ出発した。

 入り口は完全に崩れていたが、入ることは簡単に出来た。当たり前か、他にみんながもう何度も入っているんだしな。

 中は床も壁もがっちりとした金属製。ピカピカに磨きあげたような質感で、今でも現役って感じがする。

 中央には下へ降りる階段があり、降りきったところが現在の白い迷宮ダンジョンとなっていた。


「ここから予定地点までは2か月か――考えると長いな」


 実際にはショートカットをするとしても、それでも1か月ちょっとはかかるだろう。

 あんまりでたらめに穴を開けると、雅臣まさおみ君たちの探索に支障が出かねないしな。


「先輩はたまにスキルを使って、良さそうなものがあったら印でも付けていってください。あとからみんなが掘り出すと思うので」


「うん、分かった」


 頼られたからなのだろうか? 先輩は嬉しそうだ。

 因みに以前に風呂場で瑞樹みずきって呼んでと言われたが、ちゃんと実行しているよ。ベッドの中だけだけどね。

 さすがに普段は昔ながらに先輩と呼ばせてもらっている。

 いや、俺だって恥ずかしいんだよ。昔――小学生だった僅かの時間はお姉ちゃんと呼んだ時期もあったけど、中学生に上がってからはずっと“先輩”だった。

 今更変えるのも恥ずかしいが、それ以前に年上を名前で呼ぶのが恥ずかしい。


 だから今は、とりえずベッドの中だけという事で勘弁してもらっている。


 先輩に何があったのかを、俺は正確には知らない。だけど再会を果たした時の先輩を見た時のショックは今も心に焼き付いている。俺は絶句し、恐怖すら感じた。

 けれど、今はとても落ち着いていると実感できるんだ。

 昔のようになれるのかは分からない。心の傷ってのは一生ものだ。だけどそれでも、それ以上に幸せにする事さえできれば……。





 こうして俺達は穴を掘ったり壁を壊したり、或いは良さげなお宝ポイントに印をつけながら先へと進んだ。

 ついでに幾つか、先輩がサーチした埋まっている宝を掘り出してみたが、武器と呼べるようなものは無かった。


「この石皿は、水をかけると暫く火の様に過熱するの。料理に便利なのよ。こちらの杖は距離を測るものなの。正確には幾つも並べて自動で使うのよ。等間隔に並ぶから、建築などで重宝するの。こちらのペンダントはお守りよ。幸運を呼ぶって伝えられているわ」


 色々と出てきたが、まあ石皿は便利に使えそうだ。杖はまあ要らないとして、ペンダントはセポナが欲しがったのであげた。と言うか、俺たち召喚者はこの手の物には全く興味が湧かないんだ。もっと超常的な力を手にしてしまったせいだろうか。


「それにしても、さすがに先輩は色々と知っていますね。こんなアイテムがある事なんて知りませんでしたよ」


「ふふ、色々と勉強したのよ。大変だったけど、敬一けいいち君の役に立ててうれしいわ」


 先輩は笑顔だったけど、なぜか底知れない影を感じた。気のせいだと良いんだけどな。

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