第179話 何でそんな所が残っているのだろうか

 その後は、ひたすら時計の研究に没頭した。

 ただ今更気がついいたが、部品が足りない。秒針だ。

 見つけた時の事は、ハッキリと覚えている。2時33分17秒。要するに、この時は秒針がまだあったんだよな。

 ただ記憶によると、渡した時は無かったような気がする。と言うか間違いなくありませんでした。はっきりと覚えています。

 どう考えても無くしました、ハイ。


 よく見ると、折れた跡がある。荷物の中で何かに引っ掛かってパキンといったのだろう。そして色々出したり戻したりしている内に、落としたと……。

 元々劣化していたのだろうか? もっと大切に扱えばよかったと悔やまれる。

 だがあれから大変動があった。探しようがない。


 いや無かったとしても無理だろうけどな。記憶にない以上、落とした場面は見えなかったんだ。

 スキルを使えば探せないことは無いと思うけど、どれだけ時間がかかるかわからない。

 それよりも、もっとやる事が沢山ある。そんな有るか無いかの物を探すよりも、やる事は山ほどあるのだ。


 とは言っても、研究自体も何かの手掛かりが無ければどうにもならない。

 そこで俺の仕事は、俺の外すスキルをどうにか使えないかという事に絞られた。

 だけど相対的な実験が出来ない。

 この世界から自分の本体を外したり、逆に外れた世界から自分を持ってきたりは出来る。

 というか、体を外すと勝手に新しい体が何処からか来るのだ。でもこれは間違いなく、俺の世界から来ているわけではないだろう。数がおかしいし。

 というか、だったら帰りたくないぞ。向こうの俺の肉体は、もうミンチよりも酷い状態に違いない。


 他にはこの世界の物――例えば石とかをこの世界から外すことは出来る。

 昔は出来なかった。だけど今は出来る。スキルが成長したおかげだろか。

 そして問題はこれだ。この石は何処へ行った? まあ普通に考えれば時空の彼方に消えたのだろう。だけど、こことは違う何処かの世界に行った可能性はある。

 そして問題の時計。俺達を召喚するアイテム。

 この2つを使う事で、元の世界に帰れるかもしれないのではないかと希望しているわけだが……肝心な観測者がいない。

 つまりは、仮に成功していたとしても誰にもそれが真実かは分からないのだ。


 それに元の世界と言っても、何処までが元の世界なんだ?

 自分の部屋?

 町内の何処か?

 別の町、別の国……そこまで行くと、石の中、空中、海中なんてのもありえる。

 果ては月、太陽、別の天体まで考えたらきりがない。

 だけど時空を移動するっていうのはそう言う事だ。

 もし絶対座標があって完全に元の位置に戻るのだとしたら、そこには既に地球は無い。宇宙は膨張し、銀河も動いている。当然太陽系もな。当然ながら、地球は遥か彼方を移動中で、元の座標に戻る事は決してない。


 だけどただ一つ希望があるとしたら、本当に向こうの時間が動いていない事だ。

 それが確かであるのなら、本体が戻った時に同じ場所に戻る事になる。

 まあその時は、今度は同じ質量が重なった場合どうなるかとか……いやもうキリが無いな。


 そんな事をしながら6か月が過ぎた。中々に手詰まりだ。

 でもそれなりにスキルの成長も感じる。ただこれは、制御アイテムの無い俺には諸刃の剣でもある。これまで以上に心のケアが必要だ。

 いやそれはまだ何とかなるが、やっぱり問題は帰還だな。

 何とか手掛かりは無いかと考えていたら、樋室ひむろさんからちょっとしたお使いを頼まれた。


 場所はここから西南西せいなんせいに60キロメートル程。

 いやいや、それちょっとしたお使いじゃないから。

 とはいっても断る事も出来ないので、全員を連れて久々の外への旅となった。


「そこには何があるんだ?」


「かつての遺跡でございます。この先には、そういった場所がいくつかあるのです」


「遺跡?」


「ラーセット以外にも国があるって話はしたじゃない? そのうちの一つね。もう滅んじゃっているけど」


「へえ……」


 いや、へえと軽く流したが、そう簡単な話じゃないだろう。

 俺が聞いた話では、この世界の首都は高い壁で囲われている。大きな国なら幾つか衛星都市を持つらしいが、ラーセットのような小さな国は首都がそのまま国家になっている。

 そして大切な事が、なぜその場所が選ばれたかだ。


 どの国の首都も、必ずそこには迷宮ダンジョンへとつながるセーフゾーンが存在する。

 迷宮ダンジョンは国家の基盤であり、経済の中心だ。その特殊な環境を奪うため、戦争が起きる事もあるそうだ。

 ただあれほど高い壁に覆われた国だし、高度な社会体制が築かれている。そう簡単には戦争なんて起こりはしない。

 だけど簡単じゃないだけであるにはある。なのにそんな国家の跡地が残っていること自体がものすごく不自然だ。

 普通なら、もう間違いなく奪い合いだろう。

 一体どうして、そんな重要な地域が残っているのやら。

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