第174話 解散

 拠点に戻った龍平りゅうへいたちを待っていたのは岸根百合きしねゆりだけであった。

 部屋の隅でうずくまったまま、身動き一つしない。最初に見た時は、誰もが死んでいるのかと思い冷や汗をかいたものだ。


「どうした、何があった!?」


 岸根百合きしねゆりは痩せ細り、生きている事が不思議な程に衰弱していた。相当な期間、この状態であった事は明白だ。

 召喚者はスキルの覚醒と共に常人よりは強くなる。それがこんな状態になるという事は、最悪龍平りゅうへいたちが地下に入ってからずっとこの状態だったという事だ。


「何があったんだ! 答えろ!」


 しかし龍平りゅうへいに、そんな彼女を気遣う様子は無い。胸ぐらを掴み無理やり立たせると、鬼神の様な形相で詰め寄った。


「い、妹さんの使いっていう人が来て……その後みんなを追ったんだけど、何か変だなって思って引き返したの。でも何処にもいなくて。奈々ななさんの所にも行ったのだけど、そんな使いは出してないって。瑞樹みずきさんも来てなくって……それで探したんだけど、何処を探してもいなくって……」


 申し訳なさそうに、それでも伝えなければと泣きながら必死には話す岸根きしねであったが、その言葉はもう、龍平りゅうへいの耳には入ってなどいなかった。





 背後から全身に衝撃が走り、左の肩甲骨が割れた感触が走る。当然ながら意識が飛ぶような激痛だ。だが肉体強化をしている龍平りゅうへいにとって、その程度の事で気を失ったりはしない。むしろ何が起きたのか、その方が気がかりだ。


 冷静になって周りを見渡すと、攻撃してきたのは神田川久美かんだがわひさみだった。

 ベテラン連中の紅一点。いつかは始末する予定の相手。齢は二十歳で、日本ではアルバイトで生計を立てていたという。本人の戦闘力は皆無と言って良い。

 だが彼女のスキルは強力無比であった。

 それはカウンター。それもただのカウンターではない。受けたダメージの対象は自分を含めた周囲のモノ。モンスターでもお構いなし。極端な話、相手そのものを対象にし、与えたダメージをカウンターとして更に与える事さえも出来る。

 そしてその周りには、岸根百合きしねゆり須田亜美すだあみの杉駒東高校組と、中内要なかうちななめが転がっていた。


「アンタ自分が何をしたか分かってんの! 中内なかうちがいなかったら、全員死んでいたんだよ!」


 中内要なかうちななめのスキルはダメージの肩代わり。周りの人間が受けたダメージの一部を自分が受けるスキルだ。

 見れば、岸根きしねの顔は判別も出来ないほどに真っ赤に潰れ、服はボロボロ、隙間から見える体中も真っ赤なあざだらけだ。

 そしてそんな彼女を庇う様に、須田すだが覆い被さっていた。手も足も指も、あらぬ方向に折れ曲がっている。口はもちろん太腿からも血が流れており、内臓が潰れているのは明白だ。


 それでも生きている。理由は神田川かんだがわの言った通り。中内なかうちが二人のダメージを肩代わりしたからだ。ただその代償だろう。白目を剥き、ピクリとも動かない。

 そして神田川かんだがわの放った一撃。それは三人が受けたダメージだ。俺が与えた痛みが、そのまま帰って来たわけだ。


 ――俺はなかなか死なないんだな。


 三人をここまでにしておきながら、その威力は自身の骨が少し割れた程度でしかない。

 だがそんな事は、もうどうでも良いだろう。


「もうチームは解散よ。文句は無いわね」


 そう言うと、神田川かんだがわは腰に下げていた笛を鳴らす。笛と言うより警笛と言った方が良いか。すぐに警備の兵士たちが飛び込んできて、部屋の惨状に愕然とする。


「急いで三人を病院に運んで! それと応急処置! 早く!」


 すぐに大勢の兵士や備え付けの医師などが飛んできて、一時は騒然としていた。だがそれもわずかの事。全員が運ばれて行くと、部屋には沈黙が訪れた。


 その間、龍平りゅうへいは指一本動かす事が出来なかった。

 言葉も一言も発せなかった。

 なぜこんな事になってしまったのだろうか?

 俺は何処で間違えてしまったのだろうか?

 あの時か? それともあの時か? いや、まだ日本に居た頃か?

 だがどれほど考えても、そこに今を変える力は無い。

 破壊された部屋。床や壁に飛び散った血飛沫。拳に残る血と人の皮。そして無人となった宿舎。これが現実だ。もう、時は戻らないのだ……。


 龍平りゅうへいは業者に連絡をすると、各自の部屋の荷造りを命じた。

 そしてもし取りに戻るものがいたら渡してやって欲しいと言い残し、自らは宿舎を後にしたのだった。

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