第173話 良かった…本当に良かった

 アルバトロスさんと別れてから、俺は地上へと出た。

 言葉にすれば簡単だが、あれから3週間くらいか。それでもスキルのおかげで最短距離を進めたはずだが、もう体も心も限界だ。今なら空気で膨らむ人形が相手でも……いやそれはやめよう。というかあるのだろうか? などと考えたってしょうがない。


「ひたちさん、聞こえるか?」


敬一けいいち様!? ああ、良かった。心配しておりました。毎日生きた心地がしませんでした。急ぎ合流しましょう』


『なになに? 敬一けいいち?』


『奴隷契約は解除されていませんし、無事だとは分かっていましたが……それでも安心しますね』


 他のみんなの声も、通信機の向こうから聞こえてくる。

 その中に混ざって、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


敬一けいいち君? 本当に相手は敬一けいいち君なの?』


『ええ、もちろんですよ。さあ、急ぎ合流致しましょう。とは言っても、こちらからではどこへ向かっていいかもわかりませんの。負担は承知しておりますが――』


「分かっているよ。俺からそちらに向かう。緊急事態でない限り動かないようにな」


敬一けいいち君? 敬一けいいち君なのね?』


 さっきよりもはっきり聞こえる。これは通信機を取り上げたな。

 必死な先輩を想像して、申し訳ないが苦笑してしまう。

 それだけ、俺も気が緩んだんだな。自分でも分かる。気が付けば、少しだけ涙が出ていた。

 こんな姿、ちょっと恥ずかしくて見せられないな。


「ああ、そうだよ、先輩。話したい事が沢山あるんだ。だけど今は合流を優先しよう。これも万が一傍受されていると大変だし、今はね」


『ええ、ええ……分かったわ。待ってる。いつまでだって待ってるから』


 最後は泣き声の様だった。

 一刻も早く向かわないとな。





 ★     ☆彡    ★





 時は少し遡る。

 敬一けいいちが地下へと入ってから、召喚者達もまた彼を追った。当然龍平りゅうへいもだ。

 だが龍平りゅうへいは、後から追ってくるだろう瑞樹みずきを待たずに先に進んだ。他3名の仲間と共に。


 一番の懸念は、もし敬一けいいちと戦っている時に瑞樹みずきがいた場合だ。

 おそらく、多くの召喚者――或いは教官の方々もいるかもしれない。それでも彼女は敬一けいいちの味方に付くだろう。それだけは避けたかった。だからあえて置いて来たと言っても差支えは無い。

 どちらにせよ、今の敬一けいいち広域探査エリアサーチにはかからない。ならば今の彼女は、どうせ足手まといだ。


 そんな状態だったので、彼女がひたちに連れられて市街を移動しているなどとは夢にも思っていなかった。





 その瑞樹みずきは、ひたちに連れられて妹の奈々ななの元へと行くはずだった。

 だが道が違う。最短距離で行くのなら、とっくに到着しているはずだ。

 普通なら、逃げるか尋ねるか、もしくは助けを求めるべきシチュエーションだっただろう。

 だが幸か不幸か、彼女は静かについてきた。万が一の場合を考えて追跡していた咲江さきえも拍子抜けするくらいに従順に。


 瑞樹みずきにとっては、もうこの先の展開は読めていた。だから、思考は完全にシャットアウトしていただけであった。

 相手は誰なのだろうとか、複数なのだろうかとか、どんな事をさせられるのか、そんな事は一切考えない。考えても仕方が無い。泣いても叫んでも、どんなに請うても容赦などされないのだから。


 そんな彼女が案内されたのは、穴の開いた壁であった。

 一応目立たない様に入口は固めた同じ素材で塞いであったが、瑞樹みずきから見れば後ろが空洞なのは一目瞭然だ。しかもそれが、外へと続いている事も瞬時に理解した。

 ここで初めて、瑞樹みずきは疑問を口にした。


「あの、私は何をさせられるのでしょうか?」


「させると言うと多少の語弊はございますが、敬一けいいち様に会っていただきます」


 その時初めて、死んだような虚ろだった瑞樹みずきの瞳に光が宿ったのだった。





 ◇     〇     ◇





 結局、成瀬敬一なるせけいいちの探索が打ち切られたのは2週間後だった。

 一応まだ何名かは探索を続ける予定ではあったが、龍平りゅうへいはこれ以上の探索を切り上げた。

 本人としてはまだまだ探索を続け、出来る限り早く始末をつけたいところではある。

 だが状況がおかしい。瑞樹みずきと連絡が取れないのだ。

 手持ちの通信アイテムは、残念ながら比較的よく採掘されるB級品。故障も多く、地下ではあまり使えない。それでも今まではこれで何とかやって来たのだ。

 先行し過ぎたか? 遅れればそれだけ他の召喚者に機会を譲る事になる。それでもあえてペースを落とし、通信圏に入るのを待った。だが入らない。一緒にいるはずの岸根百合きしねゆりとも連絡が取れない。これは非常事態だ。


 ――嫌な予感しかしない。

 不安を胸に、龍平りゅうへいとその一行は地上へと帰還した。

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