第172話 たとえ無力な個人だとしても諦める理由にはならない
「何百年も昔からあるたとえ話ですね。大抵、10人の方に身内が入っているとかですが――」
「そんな事を気にする必要はねえよ」
「まあ答えも変わりませんけどね。その10人を隔離して治療法を探します。それで俺が感染して死んだら、次の人がどうするかを決めてください」
「だがお前は感染しないか、したけどギリギリ生きている。その間に最初の10人が死に、感染者は新たに20人増えた。さて、お前は何処で諦める? 分かっていると思うが、この質問には『突然治療法が出来て解決しました』だの『神様が来て治してくれました』なんてご都合主義的な展開は無い。お前は自分以外の全ての人間が死に絶えるまで、その自己満足の研究とやらを続けるのか?」
「それは前提が厳しくないですか?」
「さっきも言った通りだ。帰還の方法なんぞ、もう百年以上研究されている。だがまだ見つかっていない。なら召喚を止めるか? そんなことは出来ねえんだよ。10人を捨て、新たに10人を補充する。そうしてこのラーセットという船は進んできたんだ。そうするしかねえんだよ。お前が言っている事は、補充した一人が『お前たちは全員無能だ。俺なら何とかできる』と息巻いている様にしか見えないんだよ」
そんな事は薄々分かってはいる。だけどダークネスさんが言っていた。自分が鍵になるかもしれないと。
ならそれに賭けるしかない。何と言われようが、ここで捨てられる人間になるのはまっぴらごめんだ。
「お前が今考えた事は、表情を見れば分かる。だけどな、俺達はこの国が好きなんだよ。そして、召喚者は必須だ。だから何を言われようと、召喚はやめられない」
「真実を話すことは出来ないんですか?」
「それで何もしたくないって奴が出始めたらどうする。召喚者には限りがあるんだ。一人や二人なら遊ばせておく余裕もある。事情があるなら、ある程度ならノルマも免責する。だがそういった奴が十人とか二十人なんかになったら? そうなれば、もう放置は出来ない。だが全員スキルっていう特殊な能力を持っている。その力と、ここが自分達の世界ではないという事実が、連中のタガを外す。結果は分かるな?」
召喚者の集団が暴れたらどうなるかなんて、簡単に想像がつく。実際に、その生き残りにも会った。確かに戦いは避けたいが、避けられもしないだろう。
だけどアルバトロスさんの話は身勝手だ。この国の為に勝手に召喚し、命懸けで働けという。そして最後は騙されて死ぬ事に変わりは無い。
スキルという特殊能力。召喚者として常人を超えるほどに成長する肉体。長く生きていればリスクも減り、確かに素晴らしい生活が出来るかもしれない。
でも最初の日に出会ったサッカー部の先輩のように、他にやりたい夢を持っている人間だっているんだ。
そもそも、そんな優雅な生活ができるほどに強くなるまでに、いったいどれほどの屍を積み重ねなければならないのか。
確かに事実を説明したら、多くの人間は
それが許されるなら、最初から召喚なんてしない。そして許されないのなら、やる事は決まっている。
「俺はやっぱり、今のシステムは間違っていると思います。だから必ず、希望者が帰れるシステムを実現させて見せます」
「……そうか、なら話は平行線だな」
そう言って、とっくに冷めたカップを置いて立ち上がる。
もうここまでの話で大体分かっている。この人は、中枢に近い人だ。教官組か、もしくはその更に上。とにかく地上の十人の一人に違いない。
戦って勝てるのか? 知識が、本能が、スキルが警鐘を鳴らす――勝てないと。
女性のいないこんな場所で戦ったら、多分終わりだ。だけど、多分で人生を諦めるつもりは無い。
やるからには――そう覚悟を決めたのだが、
「今はお前と戦うつもりはねぇ。だが味方でも仲間でもねえ、俺達は敵だ。その事はこの先もずっと変わらない。覚えておけ」
「肝に……命じておきます」
一瞬舞った砂埃。そして微かな風を残し、アルバトロスさんは消えた。
「本当に、鳥のように消えたな……」
ちょっと乱暴な口調の人だったけど、その言葉は多分間違ってはいない。
俺は俺と大切な人たちの事が第一だし、ここにきてまだ日も浅い。
一方で、彼はこの国の在り方から考えて見ている。個人と政治……話が噛みあわないのは当たり前だ。
そして同時に、多分あの人は期限を宣言していった。具体的な線引きではなく、もっと曖昧にだけど。
期限がいつまでかは分からない。だけどそれを過ぎれば、俺達は皆殺しだ。そして秘宝も取り返される。
それは俺が成功しなければ必ず訪れる未来。それが嫌なら、成功させるしかない。
いや、もう一つあるか。教官組どころかその上にいる連中。トップはクロノスだったな。そいつらを全員倒すか、説得するという方法が。
まあ後者は不可能だろう。案外、もう村も特定されているのかもしれない。時間は無限に見えて、結局は有限って事か。
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