第171話 生き延びて帰るだけの事だ

「では改めてアホ……アルバトロスさん――」


 ここから先は話すだけでも危険な事になるかもしれない。だけど、質問にきちんと答えない方が不誠実だと思う。

 ここまで来たんだ。覚悟を決めよう。


「この世界で死ぬとどうなるかご存知ですか?」


「普通に死ぬんだよ。お前がそうしたんだろ」


 返す言葉も無いが、同時に本気とも思えない。


「じゃあ秘宝を返したとして、それで帰れるようになると、本当にそう考えていますか?」


「誰もが考える疑問だな……」


 そう言って、アルバトロスさんは天井を見上げた。

 その行為自体に特に意味はないのだろう。天井には何も無いしな。

 ただ――、


「もし帰れないとしたら、お前はどうするんだ?」


「俺はもう、帰れないと確信しています。だからあの日、地上に戻ったんです」


「それを他の召喚者達に話すってか? 何の意味も無いな。初日に帰還した奴が戻って来た事には驚いたが、ただそれだけだ。“自分が帰れなかったから帰れませんでした”で周りが納得すると思ったのか?」


「周りを説得する気なんてありませんよ。そんな余裕もなかったですし。ただ俺は、一緒に帰ったはずの人たちの遺体を見ました。途中で俺が殺めてしまった人の遺体、それに知らない人間2人もです。だから大切な人にそれを話して、これからの事を考えたかっただけなんですよ」


「これからの事とは?」


「先ずは生きる事ですね。そうなれば迷宮ダンジョン探索はやらなければいけないでしょう。だけど、今までのような軽い気持ちでは絶対にダメだ。死んだら本当に死んでしまう事をちゃんと伝えて、その上で慎重に行動しようと思っていました。その為にも俺のスキルを制御するためのアイテムを、あの痴女神官の所に貰いに行ったんです。だけど俺が戻って来た事自体がダメだった様で、結果はあの有様です。ズバリ言ってしまえば、俺はテロリストになるつもりなんてなかった。ルールがあるならそれには従うけど、帰る方法は諦めない。それを認めなかったのはそちらですよ」


 さすがにひたちさんやダークネスら協力者の事は話せないが、概ねは間違ってはいない。

 密かに帰る方法を模索しながらも、表向きは恭順したであろうから。





 ――痴女神官とは、ヨルエナの嬢ちゃんも酷い言われようだ。

 実際、甚内じんないは彼女が生まれる前から――その親の代からの付き合いだ。

 だから彼女が処刑となる原因を作ったこいつを、決して許す事は無い。

 この際ここでやっちまうかとも思うが、それはやっぱり玉子たまことの約束が優先だ。さすがに前回の様な事はこりごりだ。

 戦って勝つとか負けるとかではなく、そもそも甚内じんないは女性に甘い。

 だが玉子たまこは容赦がない。ずるいとは思うが、今更生き方は変えられないのだ。


「まあ言いたい事は分かったが、肝心の質問に答えちゃいないな。秘宝を持ち去ったのはどうしてだ?」


「正直に言えば、アレが召喚の根幹に関わるアイテムだなんてのは後から知りましたよ。あの時は、何かヒントになるようなものが欲しかっただけです」


「返す気はないのか?」


「俺はこの世界から召喚者を帰したいんです。あ、いや、ちょっと待ってください。それは少し違うか。何と言うか、帰りたい人はちゃんと帰れるように――ですかね。こっちの世界が気に入った人は好きにすればいいというか、干渉する気はないんです。以前はあったんですが、木谷きたにって人に否定されました。そしてそれに、俺は反論できなかったんです」


「いやそうじゃなくて、秘宝を返す気は――」


「手に入れたのは偶然の産物ですが、今ではあれが召喚の鍵だと分かっています。召喚できるなら、戻すことも可能でしょう? だから今は返せません。色々と調べたいんです」


「傲慢だな」


「そうでしょうか? 俺はただ、恋人や家族と一緒に元の世界へ帰りたいだけなんです。申し訳ないですが、こんな異世界で屍を晒す気はないんですよ」


「そうじゃない。お前は俺達が今まで何もしていなかったと本気で思っているのか? 帰す方法など、もう長い間研究されている。それこそラーセット最初の召喚者と言われているクロノスが始めて以来ずっとだ。その後に召喚された連中も何人も加わった。百年以上もの長い年月と膨大な労力。だがそれでも出来ていない。そんなにも難しい事を、お前はどの位の期間でやろうって言うんだ? それに、そいつらの努力全てを上回るほど優秀だってのか?」


「それは……」


「お前はお尋ね者だ。だが広い世界で、お前ひとりを永遠に探し続ける事は無い。秘宝は返せ。そして姿を消せ。召喚の枠が一つ減るのは痛いが、元々以前はもっと少なかったそうだ。いずれお前の分も何とかなるだろう」


「そしてまた、新たな召喚者を騙すんですか? 成功したら力を得て元の世界に帰れると偽って、貴重品を集めさせて、最後は殺す。まるで鵜飼いのだ」


「そんな事は十分に理解しているさ。俺だって全面的に賛成しているわけじゃねぇ」


「だったら――」


「お前は100人が乗っている船で10人の伝染病者が出たらどうする?」


 なんかいきなり話が飛んだような気もするが――まあ付き合おう。

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