第170話 名前は人それぞれだよな

 秘宝のパーツを探索しろと言われても、つい最近大変動が起きたばかりだ。

 こんな状態であんな小さな部品を探すなど、無茶にも程がある。

 大変動が無かったとしても何十年、いや何百年かかるか分からない。再びの大変動を考えれば、不可能だと言っても過言では無い。

 だが誰も文句は言わない。クロノスの命令は絶対であり――、


「場所の目星はこちらで付ける。諸君らは、指定された場所の探索を行って欲しい」


 ――同時に得体の知れない彼のスキル……もしかしたらアイテムかもしれないが、それは幾度も不可能を可能にして来たからだ。


「それと各自に、緊急用のアイテムを渡す」


 そう言われて受け取ったのは、3本のカラフルな棒であった。触感といい見た目といい、硬いクレヨンと言った感じだ。


「これを折ると、この都市のセーフゾーンに戻る。貴重品でね、それしか渡せない事を心苦しく思うが……」


「いえ、この様な貴重な品をたまわった事、歓喜に堪えません。この上は、必ずや使命を果たして御覧に入れます」


 こんな時、え!? と思わせる反応をするのが花子はなこ……もといフランソワだ。

 まあ元々クロノスに心酔しているのだからおかしくは無いが、普段の無表情でぶっきらぼうな彼女からは想像もつかない。


「それと今一度確認だ。本来の最優先は秘宝の奪還。そして次が成瀬敬一なるせけいいちの抹殺となる。だが奴のスキルは得体が知れぬ。もし皆が不安がっているこの状態で教官組を失う事になれば、それは想像以上の問題を引き起こす事になるだろう。よって、どちらを優先するかは各自の判断に任せる。だが事情は先に言った通りだ。確実な状況を確信できない限り、抹殺を優先せよ。以上だ」


 こうして庁舎を出た俺達は、迷宮ダンジョン探索へと赴いた。

 途中で戻る事にもなったが、基本はやはりこっちだ。

 最初は懐疑的だったが、報告の度に指定される範囲が狭まってくる。一体どんな技を使っているのか。最後はもう、1メートル四方の範囲までに絞られた。

 そしてそれを見つけられないほど愚かではない。今その物は、俺のポケットの中にある。

 何とも奇縁と言うしかない。


「コーヒー、入りましたよ」


「あ、ああ」


 本来ならそんなものを受け取る前に一撃で撲殺するところだが、殺意の無い相手は調子が狂う。

 しかもあまり必要なかったとはいえ、自分を助けようとした者を不意打ちで殺すなど性に合わない。

 だから自然と、拳よりも会話が先になってしまったのは仕方のない事だった。


「言うまでも無いな、お前は有名人だ」





「ですよね。何だかもう色々な意味で有名人です。一番大きいのは……やっぱりビルの倒壊ですかね」


 元々は水城みなしろ姉妹と一緒に居る男として。そしてここでも、いきなりスキル無しだの痴女神官の乳を揉んだなど、話題には事欠かない人生だ。そして地上に戻り俺のした事といえば、破壊と殺戮を行っただけ。

 更には奈々ななに振られたシーンは全国中継され、今また首都であるロンダピアザに戻って来た。これで有名でなかったらその方がおかしい。





「まあそんな所だな。ただラーセットではそうだが、召喚者の間では秘宝を盗んだ男としての方が有名だ。なぜあんなことをした?」


「それは――あ、なんか言いにくいので、名前を教えてもらえますか」


「それは別に構わんが――」


 そう思ったが、甚内じんないは言葉が出なかった。

 そうだ。さすがにこいつがどれほど暢気な奴でも、教官組の名前位は知っているだろう。

 当然、そうなったら引き返せない。戦う以外に道など無い。

 それは良い。構わないのだが、ふと玉子たまこの事を思い出してしまった。

 もしここでまた戦ったとなったら――いや、負けるわけがないが、俺がこいつを始末したとしたら玉子たまこがどんな反応をするか。考えるだけで恐ろしい。

 そう考えると、ここまでの考えも訂正だ。今は戦う訳にはいかない。となれば――、


「俺はアルバトロスだ。そう名乗っている」


 偽名は別に珍しくない。あだ名であったりコードネームであったりと事情は様々だ。

 そもそも召喚者のトップであるクロノスも本名ではない……だろう。本名かどうかなど聞いた事は無いが。

 まあとりあえずは凄いってな感じの意味がある言葉だった記憶がある。案外、これからもそう名乗って良いかもしれないかもな。





 そんな甚内じんないの考えに対し、敬一けいいちは少しだけ考え込んだ。


 ――アホウドリか。まさか本名ではないだろうが、自称するには珍しい名前だ。

 だけどその辺りは人それぞれの事情ってものだ。下手なツッコミは入れない方が良いだろう。

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