第166話 これで逃げられたらいいのだが

 集まっていた召喚者の中には、南条なんじょうひたちや美和咲江みわさきえも紛れ込んでいた。

 最近になって敬一けいいち側についた咲江さきえはともかく、ひたちの事は知っている人間もいる。

 だが無視だ。命令があれば命懸けで対処する必要もあるだろうが、実際にそんな命令は出ていない。彼等からすれば、自分たちと少し違うアプローチで宝探しをしているといった認識でしかない。

 そういった者は他にもいて、中には半年どころか2年経っても戻って来ない奴もいる。

 まあ人それぞれと言った所で、興味などない。ただ当然ながら、もし敬一けいいちと共闘すれば、その時は容赦なしに攻撃される。それもまた、召喚者のルールなのだ。


 ただそれ以上に、龍平りゅうへいにバレなかったのは幸いだった。

 もちろんいきなりの攻撃はご法度。仮に龍平りゅうへい咲江さきえに仕掛けても、逆に言い訳の機会も無く周りの召喚者にフルボッコにされただろう。

 だが警戒される事は間違いない。というより、そんなレベルではないか。

 100パーセント確実に瑞樹みずきを連れて帰ってしまい、しばらく外にも出ない事は確実だ。


 先行組が行って10分以上が経過してから、ようやく縄梯子が設置された。

 そろそろ残っているチームも降り始める。仕掛けるなら今しかないだろう。

 ひたちと咲江さきえは互いに目で合図すると、ゆっくりと歩き始めた。





 ☆     ◇     ☆





 落ちる、落ちる、何処までも。

 崩れていく足元。舞い散る瓦礫。今までよりも、荒く崩す。幸いそのおかげで、上から降ってくる奴が追い付いてこない。

 もしエレベーターの様に素直に降りているのなら、とっくに追いつかれて狭い穴での殴り合いにあっていたろうな。

 何せ追ってくるのはあのゴツイプロレスラーのような男だ。武器を使わない分だけ何とかなるかもしれないが、そんな油断は捨てておけ。実際に、どんなスキルを使ってくるのか予想すらつかないのだからな。


 落ちた先は広い空間だった。だが下には今まで掘り進めた迷宮ダンジョンの瓦礫が山のように積み上がっている。よくもここまで掘ったものだ。

 だけど感じる。上から迫ってくる恐怖を。

 なりふり構ってなどいられない。すぐさま床を更に崩し、俺は横道と逃げる。

 上手くすれば、そのまま一緒に下へと落ちていくかもしれない。

 だがダメだな。こんな小手先の誤魔化しが通用する相手ではない。そんな事、痛い程に分かっている。

 だけど無駄だからやらないという選択肢はない。やれることは全部やるんだ。一つの手段ではダメなら、幾つも、何度も手段を重ねるしかない。

 俺に、諦めるという選択肢はないんだ!


 とか思っていたら、追いかけてきた男はそのまま更なる空洞の奥へと落ちて行った。セーフ。脳筋万歳!

 いや、だけど油断は出来ない。すぐに戻って来るかもしれないし、そもそもあれは本物だったのか?

 自分のスキルを考えれば、100パーセントそうだとは言い切れない。

 だけど少しの時間は出来た。後はもう逃げるんだ。ひたすら逃げて、逃げて、逃げまくる。

 戦うために、こんな所まで来たわけじゃないんだ。





 ★     ◇     ★





「すみませんが、水城瑞樹みなしろみずき様でよろしいでしょうか?」


 とても丁寧に話し掛けた南条ひたちなんじょうひたちであったが、一緒にいた女性がすぐに警戒して瑞樹みずきの前に立ちはだかる。

 よくしつけられているなと、その様子を見ていた咲江さきえは考えていた。


 多分だけど、この子に話しかけていたら「何?」程度の反応だっただろう。そう思えるほどに、周囲にいる召喚者に対しての警戒心が少なそうだったからだ。

 だが瑞樹みずきに話しかけた反応は番犬そのものだ。まあ殺さないように気絶させることは可能だろうが、ここには他にもまだ何人かの召喚者が降りるための順番待ちをしている。荒事はご法度だ。どうするんだろう?


「妹様の件で、出頭命令が出ています。こちらが指令書となりますが――」


「妹に――奈々ななに何かあったのですか!?」


 全てを言い終わる前に、ひたちがたじろぐほどに血相を変えて食いついてきた。

 本来ならもう少しは疑いそうなものだが、そんな様子は微塵もない。演技でもなさそうだ。

 そしてすがるような目つきで、先程立ちはだかった女性を見つめる。

 後はもう、簡単だった。やれやれというようなそぶりをすると、


「まあ道中には他の召喚者もいるから、こっちは一人でも大丈夫だよ。妹さんの所に行っておいで。龍平りゅうへいにはこっちから伝えておく」


「ごめんね……ごめんなさい」


 振り絞るような声でそう言った瑞樹みずきを抱き締めると――、


「いいから行っておいで。誰も瑞樹みずきを責めたりなんてしないよ。それじゃあ、行ってくる」


「うん、気を付けて」


 こうして、水城瑞樹みなしろみずきはひたちたちと共に町の中へと消えていった。

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